第2話 黒と白



目つきの悪い黒髪の少年は、刃物のような赤い瞳。全体的に黒い革装備姿で、背中に大剣を二本交差させて背負っている。


逆に、真っ白な髪と金の瞳の少年は、白い革装備で、腰の剣帯にまるで刀みたいな太刀を装備している。


ただ者じゃない雰囲気をこれでもかと発している眩しいほどの存在感。


私は、しばらく呆気にとられて少年達を眺めたが、何度か瞬きしてから我に返った。危ない危ない。こんないかにも主人公みたいなお子様達に関わったら、絶対めんどくさいよね。さっさと退散しなくちゃ。


てくてく歩いて、彼らを避けてギルドの出口に向かった。


「……っ、ちょっとまて! 無視すんなっ!」


黒髪少年が吠えて、なぜか素早く行く手を遮る。


「保護者は……いないみたいだね。地元の子かな?」


白少年はギルド内を見回し、受付のお姉さんに視線を向けて、お姉さんは慌てて横に首を振って否定した。


えー、なんなの、この子達は? 邪魔なんだけど……。


私がむぅとほっぺを膨らませて、とうせんぼする黒少年を睨むと、睨み返された。


「いくつだよ! 迷子か?」


「迷子じゃない。六歳よ?」


「チビじゃねぇかっ!」


むぅ。


「おにーさん、何歳?」


「あ? 11だが? 文句あるか?」


「……そっちも、まだおこさま、でしょ」


「なんだとっ!?」


受付お姉さんの心配そうな眼差しを感じる。厨房カウンターで飲み食いしてたおじさんが、うるさそうにこっちを見て、ギョッとした。


「もう六歳だから、とーろくできます。ほっといてください」


「あっ、おい!」


外に出ようとしたが、腕を掴まれてしまう。苦虫を噛み潰したような顔が近い。お子様のくせに整った容姿だね。目つきは悪いけど。


さらに、彼の装備が高価そうだと間近に見てわかった。真っ黒な革はなにかウロコみたいな感じでゴツゴツしてるのだ。背中に背負う大剣の迫力といったら──ヤバい。鞘も柄も黒いのに光加減で宝石みたいにきらめく。


静かに観察していた白少年が、黒少年に言う。


「ヤト、先に依頼内容、確認しよう。その子はあとで」


「……っ、チッ、わかったよ!」


仕方なさそうに私を捕まえていた手が離され、私はやっと自由になった。少年達は切り替え早く、受付にまっすぐ向かう。


「最年少高ランクパーティー、モノクロム様ですね! お早い到着助かります! 奥へどうぞ!」


受付お姉さんが嬉々として、少年達を受付奥の通路に連れて行く。見送ってから、ため息をついてギルドを後にした。


さい、ねん……? 高ランク……??


私はなにも見てない。聞いてない。なにもなかった。……ふう。よし。


さて、街のどこに行こうかな?





大通り沿いに、お店やら個人宅やら、宿屋が並ぶ。少ないけれど屋台もあって、食べ物を売っていた。私はしばし悩み、美味しそうな串焼きの屋台に並んだ。


クズ魔石と、鹿の爪で、1200ギルをもらっている。たぶん100ギルが100円くらいだろう。串焼きは一本、400ギルとある。


「一本、ください」


「おう! お? 嬢ちゃんお使いか? 偉いなぁ! 金はあるか?」


うなずいて、硬貨を四枚渡す。青鈍色の軽い金属片には、一本線と、小麦みたいな絵が掘られている。


「ほい、確かに。一本」


「ありがとー。……おじさん、街に野営するとこは、ありますか?」


「ん? あるぞー。ギルドは分かるか? 裏に広場があってな。そこでなら野営が許されてる」


ほう。……ギルドの裏か。私は空を見上げる。まだ明るい。お昼すぎかな。も少し、街を探索しよう。


大通りからあまり離れないように、脇道を覗いてみた。住人はそれなりにいるらしく、街は賑やか。道は石畳だし、なんと街灯がポツポツ設置され、時おり兵士さん達が見回りをしていた。


住人の種族が様々だ。普通の人が多いけれど、獣っぽい人もいるし、エルフやドワーフみたいな人もいれば、怪獣みたいな人もいる。髪や目の色も色々あって、見ていて飽きない。なんか酔いそう。


服装も自由だった。一般的な洋服から、1枚布を巻き付けた格好とか、鎧の人とか、様々だ。これは自由で良いな。私もなんか、目立たない範囲で自分好みな服にしよう。ちょっとはオシャレしたい。


人気のない路地でこっそり、空間倉庫に戻り、ちょっと休憩をする。クッキーと果物ジュース。さて着替えよう!


希望通りの服が、タンスの中に増えた。ふふふ……。


淡い水色のシャツにグレーのカーデガンを羽織り、膝丈の青いプリーツスカートと黒いタイツ。膝までのロングブーツはグレー。最後にフードつきのパーカーはピンク! ……は目立つから地味な焦げ茶にしとこう。姿見で確認。あとは肩掛けの茶色いショルダーカバン。


「うーん……」


駆け出し冒険者ぽく、腰にベルトを巻き付け、ナイフを装備してみる。鎧いるかな? こう……アレだ。軽い革製のベストをシャツの上に増やす。カーデガンの上からでいいかな? スカートの上にも腰周りを覆う革製のスカート上みたいな。


「うーん?」


何度か着たり脱いだりして、ようやく納得してから

再び街中へ。


パーカーではなくポンチョにしたよ。うむ。可愛い。


街中をウロウロとして、こじんまりとした可愛い喫茶店を見つけた。お茶と……ロールケーキだ! ご飯系にピザやスパゲティまである! 良い店だ。


入りかけて、お金が少ないのを思い出した。


……先に金策かなぁ。初めての大きな街で浮かれてる場合じゃなかったわ……ちょっと反省。


公園みたいな緑がある広場で一休み。家族連れやカップルやらがたくさんいる。ちっちゃな子供が遊んでいた。ぼーっと眺めていたら、誘われてしまったよ。いや、外見6歳だけど中身はオトナなつもりなのよ。さすがに幼児と遊べないわ〜。


夕方になり、日が陰り、とぼとぼとギルドに向かう私は、すっかり忘れていたのだ。








「……お帰り。ジーナちゃん?」


にっこり微笑んでるのに目が笑ってない少年と。


「おせーぞチビっ! 俺を待たせるとはいい度胸だなあ!?」


歯を剥き出しにがなる少年。


ギルド裏の広場を本当に利用出来るのか、念の為確認しようと足を踏み入れたギルド内で、仁王立ちする黒白少年ズに出迎えられ。


彼らの後ろで受付席から苦笑してるお姉さんに、ジトっとした目を向けたのは仕方ないと思う。


……お姉さん、私の個人情報……喋っちゃったの……?





「ヤトだ! 覚えろよ!? ランク1冒険者、パーティーモノクロムのリーダーだ!」


「イブだよ。冒険者ランクは1。パーティーモノクロムのサブリーダーだね。まぁ、二人パーティーだから、仕方なくヤトにリーダーを譲ってる。仕方なくね?」


ドカッ! ガンッ! と激しい物音と衝撃が、並んで座る少年二人の間で発生。にこやかな白少年──イブの手には太刀。不機嫌丸出しの黒少年、ヤトの手には一本の大剣が。それぞれの頭スレスレで互いの武器が交差して? ギリギリしてる。危ない子供らである。


ギルド横のテーブル席で、なぜか相席を強要された私は、うろんな眼差しで二人を眺めた。


チラッと周囲を確かめる。閑散してた昼間とは様相が変わり、現在ギルド内はそれなりに人がいる。


受付席は五人のお姉さんが待機して五列人が並び、報告やら相談事がされている様子。多種多様な人種、年齢、装備の男性、女性。疲労しきった人もいれば、余裕そうな人まで。装備が汚れていたり、横の倉庫に何やら運び込まれたり、血の匂いがしたり。


本来なら騒がしいだろう、混雑の中、なぜか皆静かに話し行動しているのだ。コソコソと。


何人かと視線はぶつかるが、みんなサッと逸らす。中には興味津々と見てくる人もいるけれど、誰ひとり、助けてくれそうもない。私は孤独……。


「おい、名前」


「ジーナちゃん、だよね?」


イラついた声と穏やかな声に、私はひとつため息をつく。


「……ジーナ、です」


私がやっと口を開いたので、二人はサッと武器を戻した。


「話しは聞いた。ナナ村の生き残りなんだろ?」


「ボクらは、調査のために呼ばれたんだ」


周りの雑音が急に遠ざかる。身体が凍りつく。赤い目と、金色の目が、同時に見開かれた。


「おいっ……!」


気がつくと、吐いた息が白く、周囲の空気が凍り付いた。視界が真っ白に染まり、パキパキと何かが凍っていく。蒸発するみたいに体温が逃げていく。あ。コレはマズイ……!


身体から噴き出した何かを必死に止める。ぎゅっと目をつぶり硬直した直接、ふわりと何かにくるまれて、やけに静かになった。


「……」


うっすら目をあけて驚く。椅子に座っていた私を左右から挟むようにして、いつの間にか黒少年と白少年が抱き締め──あたたかい。誰かの吐息と、トクンと鼓動が響く。


冷たく冷えた指先まで熱がいきわたり、身体じゅうがぬくもりに包まれ、不思議と安堵した。ひと呼吸おいて頭上でため息がふたつ。赤と金の眼差しが上から見下ろしてきた。不機嫌なのに後悔した赤と、冷静なのに動揺した金。


「──悪い……っ」


「不謹慎だったね。ごめんね」


私は、自分の顔が真っ赤になるのを自覚した。


「……っぅぬぁ──っっ!」


「あん?」


「暴れないで」


白少年が私の頭を撫でてくる。押しのけようにもビクともしない! なんて硬い、装備のせいか? たった四歳差が恨めしい。じたばたしてる私を挟んだまま頭上で沈黙が降り、周囲は私達を遠巻きに見てないフリをしていた。ひたすら恥ずかしい……!


「ヤト、君のせいだよ。不用意に……」


「お前だって同罪だろっ!」


左右からかぶさるように抱き締められていて、両腕が動かせない私は、ポロリと目から水がこぼれてギョッとした。えっ なんで? これじゃ泣いてるみたいじゃない。嫌だ───泣きたくない……。


優しく頭を撫でる手のひらがくすぐったい。やめて欲しい。撫でられたりしたら思い出してしまう──私の頭を撫でる両親を。


「……っく」


素朴であたたかい両親。真面目に畑仕事をする村の人達。薬草に詳しいお年寄り達。結婚したばかりの若い夫婦。片脚が悪い元狩人のおじさん。みんな優しくて、のどかで、平和な村で毎日幸せだった──。


歯を食いしばっても泣き声が漏れてしまう私の口元にそっと、指が添えられる。


「唇を噛むなって……あとで痛くなったらメシ食えなくなるぞ! ───ッていてっ! ヒトの指噛むなっ!」


「ヤトはバカだねー」


……なんで私だけ、生き残ったんだろう……。









涙が止まらなくなった私は、ギルドの奥の個室に運ばれた。


ソファーとテーブルがある部屋で、受付お姉さんが飲み物を出してくれた。


どこからが出されたタオルで顔を押さえて、自分の脚を見つめて、荒れた心が静まるように頭を空っぽにする。


何故か左右に陣取った黒白少年達は、やけに静かになって、私が落ち着くまで待ってくれるようだった。


向かいのソファーに、受付お姉さんが腰掛ける。恐る恐る視線を持ち上げると、申し訳なさげな表情を浮かべて頭を下げられた。


「まずは、ごめんなさいね。配慮が足りなかったわ」


「?……なんで、おねーさんがあやまるです」


「うん。わたし一応、このミルダリ支部の支部長なのよ。ついひと月前からね。ジーナちゃんの事情をある程度把握してたのに、放置してたわ。ごめんなさいね」


「……?」


私がこの街に着いたのは、今朝である。門の兵士さんから連絡が来たとして、ギルドの支部長さんが私を気にかける必要は。あるのか、ないのか。


「けっ。危険な魔物が発生したらどんな小さな規模でも、本部に報告だろ! なんで、一年以上も経ってんだよっ」


足を組み姿勢も悪く、黒少年が言う。白少年もうなずいた。


「ありえないくらい遅れたのは、情報をわざと隠蔽したからでは? まぁ、怪しいのはその、隣村か」


え?


分かってない私に、三人が説明してくれる。


危険度の高い魔物が発生したら必ず、領主かギルド本部に連絡するのが国民の義務であること。危険度とは下級魔物以上の、群れる狼系だったり、人の味を覚えたりした、中級以上の魔物を示す。


辺境とはいえ、村がひとつ襲われたのだ。領主に報告すべきを、一年以上もその報告がないなど許されないらしい。


全滅ならともかく、私が生き残っている。事情を詳しく調べるためにも、私の身柄がきちんと保護されていないのも、おかしいらしい。


でもそこは──私が助かったのは無意識に空間倉庫に逃げ込んだからであり、全くの偶然である。ヤナ村の村長さんが領主さまに報告してなかった理由は、分からないけれど……。


「とりあえず、兵士達が村へ確認に行ったと聞いたから、何かしら分かってから、ジーナちゃんに話をしようと思ってたのよ」


「……そうですか」


お姉さんは、私の様子を伺ってから、肩の力を抜いた。


「改めて。ジーナちゃんの安全は事が判明するまで、ギルドが保障するわ」


ただの子供に、そこまでするものだろうか? 私が疑問に思ったのを悟ってか、左右から声がかかる。


「偶然か故意か、不明ってことだ」


「魔物の暴走には必ず、原因があるからね」


えっと……? 待って。待って。魔物の襲撃が、偶然じゃない……可能性があるの……??


ぎゅっと手を握りしめる。左右から手が降ってきた。肩を頭を軽くポン、とされた。


「しばらく、俺らの仕事は、チビの護衛だな」


「だね。調査結果が出るまでは」


お姉さん……支部長が神妙にうなずく。護衛? わざわざ? 私を? この二人が? 嫌なんですが?


「……あの、わたし護衛いらないです。お金、ないし……」


「費用はギルドから出すから安心して。ランク1のパーティーに護られるなんて滅多にないわよ? 二人共に優秀だし、有名な冒険者だし。小さなナイトって呼ばれて密かに人気なのよ! ジーナちゃんは幸運よっ」


お姉さんは親切心からそう言ってくれてるけれど、そうじゃないんだよ……私の特殊なジョブやスキルを知られたくないんです。変な興味とか、危険視されたりとか、嫌なんですよ!






私の希望は却下されてしまった。


ギルド裏の広場で、小さな手作りテントを披露する機会は奪われ、街で一番立派な宿に運び込まれた。私を荷物のように、肩に抱え上げたヤトによって。


「不満そーだなぁ? あきらめろよ。しばらくはここで待機だぞ」


「そうそう」


五階建ての宿は高級ホテルぽい。最上階の部屋は、寝室が四つもあり、水周り完備。クローゼットには着替えまで用意されている。家具も重厚な木製で、ベッドも大きい。


魔法錠とかいう特集な鍵で出入り口のドアは閉められてしまい、私には開けられなかった。


イブが部屋の真ん中に立ってなにかすると、足元に金色の魔法陣が発生して、すうっと広がって消える。魔法的な結界らしい。悪意のある存在は入れず、逆探知までするオリジナル魔法だとか。


ホテルの従業員がご飯を運んできてくれて、ダイニングテーブルにはたくさん料理が並べられ、私はゴクリと唾を飲み込んだ。ニヤニヤ、ニコニコと見られてる! くぅ……っ。


もったいないからご飯は食べるよ! 食べるけれど、まだ納得してないからね!


ふかふかのパン。新鮮な野菜。柔らかく煮込まれたお肉。複雑な味のスープに、色とりどりの果物。この世界に生まれて、初めての豪華な料理は、正直、美味しかった。


ちょっ、歯磨きくらい自分でできるし! お風呂もひとりで入れますぅ! ってゆーかトイレまでついてくるなあぁぁ!!


私はプンスカしたまま、割り当ての寝室のベッドに潜り込んだ。仕方ない、今日はもう寝よう。後は明日だ! さすがに疲れたもん……。


すやぁ───。
















噛まれた指先にうっすら歯型がついているのを、しげしげと、不思議そうな赤い瞳が見詰める。


己の指を口元にやり、かすかに唇で触れて。


「…………見えたか……?」


一人で寝れる! と強く主張して寝室に引きこもったドアの向こうに目をやり、金の瞳は訝しげにすがめられる。


「……自由人って、なんだろうね」




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聖魔女様は微笑まない 銀紫蝶 @ginsicyou

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