第25話 ひとつ、君の涙を ★

https://youtu.be/x6cmPN6vpNM

※このシーンをイメージした楽曲です。聴きながら読むと雰囲気を楽しめます。




「俺の……言った意味?」


 晶矢が何のことかと、少しだけ首を傾げる。


「この間、晶矢くんが、怖いって言ったこと」


 涼太郎にそう言われて、晶矢は、カラオケ店からの帰り道、バス停で涼太郎と話したことを思い出した。

 その後一人で、あの公園で見た満天の星空が目に浮かぶ。


(俺が怖いって言ったことって……)


 あの時晶矢は「涼太郎と音楽を出来なくなることが怖い」と、涼太郎に告げた。


「僕も、怖くなった」


 晶矢の腕を掴む涼太郎の手に、少しだけ力がこもる。


「晶矢くんがいなくなったら、どうしようって」


 そう言って涼太郎は、目からぽろぽろと涙を溢し始めた。


「ちょっ……おい……」


 晶矢は突然の涼太郎の大量の涙に、驚いて焦る。


「晶矢くんが、変なこと、言うから……」


 嗚咽混じりに泣く涼太郎に、自分までつられて涙がこぼれて来そうになるのを、晶矢は必死で耐える。


「どうしよう。晶矢くんと、一緒に、いると、こんなに、楽しくて」


 涼太郎は泣きすぎて、言葉が途切れ途切れになってしまう。


「でも、いつか、僕の傍から、いなく、なっちゃったら……」

「涼太郎」


 晶矢は思わず涼太郎の両肩を掴んで、強く名前を呼んだ。


「俺は、いなくならない」

「……っ」


 言い聞かせるように晶矢が言うと、涼太郎は目を見開く。


「お前の隣にずっといるよ」


「だっ、だって……僕が傍にいたら、きっと晶矢くんの、負担に……」

「負担? なってないし、むしろ俺の方がお前に掛けてる気がするけど」

「晶矢くんに依存してる、みたいになったら、嫌だよ」

「俺は構わない。お前に依存されても」

「そ、そんなの、おかしい……」

「何か問題あるか? もう既に俺が、お前無しじゃいられなくなってるのに」

「な、何言って……」


「毎日お前の歌声を聴いていたい位なのに」

「……⁈」


 涼太郎の言葉に、肯定の言葉を被せるように晶矢が告げると、涼太郎は徐々に涙が止まり、今度は顔が赤くなっていく。


「俺は全部晒したからな」


 そうして晶矢は、柔らかく笑った。


「俺は、お前に、自分の大切なものも、ダメなとこも全部見せた。それを涼太郎が受け止めてくれたから、俺はすげー救われたんだよ」


 だから、と晶矢は続ける。


「お前も俺にぶつければいい。歌でも、言葉でも、今みたいに泣きながらでも。俺は全部受け止める」

「晶矢くん……」


 涼太郎は自分に向けられた晶矢の真っ直ぐな目から、目が離せない。


「一緒に音楽作るんだから、依存でも執着でも何でも、すりゃいいだろ。俺はもう、なりふり構わない」


 そこまで言って晶矢は、ふと切なげな表情になる。


「俺にはお前しかいないんだよ」

「!」


 晶矢のその一言で、涼太郎は心臓が飛び出すかと思うほど跳ね上がって、一瞬息ができなくなった。


 聞こえていた細波の音が、二人の間から遠のいていく。

 二人とも相手の声しか聞こえなくなる。


「俺の夢、託せるの、お前しかいないんだ」


 掠れた晶矢の声が、涼太郎の心の奥底を揺さぶる。


(ああ、僕は……)


 涼太郎の目から、また一筋涙が溢れた。

 すると、晶矢の目からも一筋涙が溢れた。


「僕は、晶矢くんの、傍にいたい」


 畏れ多くてずっと言えなかった望みを、ついに口にする。


「ずっと、隣で歌っていたいよ」


 涼太郎が絞り出すように告げた言葉に、晶矢は途方もない嬉しさが込み上げてきて、満面の笑みを浮かべた。


「ははっ、それ最高に嬉しいな」


 晶矢の涙が、太陽の光に煌めいて、星の粒のようだった。


 それがあまりにも綺麗で、涼太郎は思わず無意識に、晶矢の目尻に手を伸ばして、その涙を指先で掬い上げる。


(今なら書ける気がする、君のための言葉を)


 涼太郎は、晶矢の涙で濡れた指先を自分の唇に当てて、目を閉じると、再びゆっくりと目を開けて、誓うように言った。


「晶矢くんのための詩を書いてくる。明日、待ってて」


 晶矢はその目を見た瞬間、背筋がぞくりと粟立った。

 涼太郎の決意に満ちた目に、射抜かれたように動けなくなる。


(こいつ、こんな目もするのかよ)


 いつも不安そうに揺れている視線が、強さを得てしっかりと前を見据えている。

 それは凛として気高く、鋭く妖艶で、見つめられれば心を奪われる。

 晶矢はただゆっくりと頷くことしかできなかった。

 涼太郎の秘めた強さに、ただ心が震えていた。





 家の最寄駅に帰り着いた頃には、すっかり暗くなっていた。

 門限まで余り時間もなかったので、さっと食べられる駅の近くの牛丼店で、二人は夕飯を済ませることにする。


 食べ終わって、バスに乗って、家の近くのバス停に着いた時には、門限まであと十五分。ギリギリだった。


 二人は帰り道を並んで歩き始めた。

 遠くで花火が上がっている音がする。しかし、ここからは花火は見えなかった。どこかで祭りか花火大会でも開催されているのだろうか。


「今日は楽しかったな」

「うん」


 今日は朝から一日中、二人でいた。

 それでもまだ、お互いに離れがたい心地でいることは、口にしないでも何となく伝わっているかも知れない。


 何だか寂しい気持ちになって、口数が少ないまま、家路の分かれ道まで来たところで、二人は向かい合った。


「じゃあ、明日な」


 晶矢が言うと、涼太郎が「うん」と頷きかけて「あ、そうだ」と思い出したように声を上げた。


「あの、これ、晶矢くんにあげる」

「?」


 涼太郎は、水族館で買った小さな包みを晶矢に手渡す。


「色々、連れていってもらったり、奢ってもらったりしたから、お礼に」

「えっ、そんなのいいのに」


 晶矢はそう言いつつ、包みを開けてみる。すると出てきたのは、手のひらに乗るほどの大きさの、ふわふわのマグロのぬいぐるみが付いたキーホルダーだった。


「あっ、マグロだ!」


 晶矢は嬉々とした表情をして、キーホルダーを手に取り眺める。


「口のところの紐、引っ張ってみて」


 涼太郎に言われて、晶矢がマグロの口に付いている紐を引っ張ると、マグロがぶるぶると震えて、晶矢は驚いた。


「うわ、これめっちゃいい……!」


 キーホルダーを手に子供みたいに喜ぶ晶矢を見て、涼太郎も嬉しくなって、思わず笑ってしまった。


(晶矢くん、喜んでくれて良かった)


 でも、門限まであと十分だ。時間がない。

 ここで話していたら、晶矢が門限に遅れてしまう。自分は多少遅れてもどうにかなるが、晶矢が家の人に怒られるようなことがあってはいけない。

 名残惜しいが、「じゃあ」と涼太郎は踵を返して、帰途に着こうとした。


「待て」


 涼太郎は晶矢に腕を掴まれた。


「涼太郎ありがとな。俺もお前に、これやるよ」


 笑ってそう言われて、涼太郎は手のひらに何かの小さな包みを握らされる。


「えっ、これ……」


 涼太郎が戸惑っていると「今度こそ、じゃあな」と晶矢は微笑んで、涼太郎の家とは反対方向の分かれ道を歩いて行った。


「あ、ありがとう」


 涼太郎がその背中に礼を言うと、晶矢は振り返らずに手を振る。


(また、明日……)


 涼太郎は、晶矢の姿が見えなくなるまで見送ると、寂しさを紛らわせるように、ふう、と一つため息をついた。


(これ、何だろう?)


 涼太郎は渡された包みを、その場でそっと開けてみる。

 中から出てきたのは、勾玉だった。


(お守り?)


 今日行った神社のものだ。赤褐色の勾玉に根付紐がついたお守りだった。いつの間に買ったのだろう。


「綺麗な色……」


 瑪瑙の深い赤が、晶矢の強い眼差しを思い出させた。

 お守りの効果として、中の紙に『情熱、勇気、行動力』と書いてある。今日神社で願った涼太郎の願い事を、まるで知っているかのような晶矢のチョイスに、驚きつつも嬉しくなって、思わず笑みが溢れた。


(ありがとう。大事にするね)


 涼太郎はお守りを大事そうに胸元に抱えたまま、ようやく帰途についた。



 家に帰り着いた後。


 その日遅くまで、涼太郎は目が冴えていた。

 一日出かけて疲れているはずなのに、どうしようもない焦燥に駆られた。次々と溢れてくる思いが、止まらなかった。


(どうか、伝わりますように)


 思いの丈を、ノートに書き記して、ようやく深い眠りに落ちたのだった。

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