第23話 春の苦い思い出③(家出)※晶矢視点
「勉強に関係ない部活はダメだと言っただろう」
案の定の答えだ。
次の日の夜、仕事から帰ってきてリビングにいた父に、俺が「軽音部に入部したい」と言ったら、大きなため息とともに冷たく言い放たれた。
「……どうしても、やりたいんだ。成績には絶対影響させないから、やらせて下さい」
こちらを見向きもしない父に何とか怯まず、俺は頭を下げる。
「そんな事をして何になる。自己満足のために無駄な時間を浪費するな。受験はそんなに甘くない」
「……分かってる。でも……!」
「分かってるならやめろ。お前が遊んでいる間に、ちゃんとやってる奴らはもっと先へ進んでいくんだ。簡単に置いていかれる」
俺が言い終わらないうちに、父が淡々と言葉を被せてくる。
「そもそも入学式で言ったはずだ。お前が妙な期待を持たないように最初からダメだと忠告したのに、なぜ見学したりした」
「そ、それは……」
現実を突きつけてくるような父の言い方に、俺は追い詰められていくような感覚になって、言葉がうまく出てこない。
「音楽なんてやってる人間はごまんと居る。その中でも選び抜かれた能力のある、ごく一部のものだけが表舞台に立てるんだ。お前が成せることはない」
「俺は、別にそんなつもりで……」
「じゃあどんなつもりだ。やはり遊びだろう。お前が入部したいという部活も、所詮自己満足したいやつらの遊びに過ぎん。そんなものと関わる時間が勿体無い」
そう言った父の言葉に、俺は愕然とする。
昨日間近で聴いた、あの二人の音色。
あれだけの音を出せるようになるのに、彼らがどれだけ努力を重ねたのか。
自分も必死に練習してきたから、分かる。
あの領域にたどり着くのに、二人がどれだけ真剣に音楽に向き合ってきたのか。
(何も……知らないくせに……あの人たちが、俺が……どれだけ……)
俺は、体中の血が一斉に駆け巡るのを感じて、思わず叫んでいた。
「誰も……遊びでなんかやってない……! みんな、どれだけ努力してるか、何も……知らないくせに……!」
(なんでそんなに、否定することばかり言うんだよ……!)
しかし父は、叫んだ俺に動じることもなく、射抜くような冷たい目で見つめて、静かに言った。
「そんなもの知る必要もない」
その一言で、上った血の気が一気に失せていくのを感じる。
「最初から結果が分かりきっているなら、時間の無駄だと言っている」
ああ、だめだ。やっぱり何も聞いてくれない。
いくら話しても、話そうとしても、この人には届かない。
「お前がいくら努力してその過程がどうだろうと、出る結果が同じなら意味がない。お前がこうして、私に嘆願しても、結果が同じなように」
父の冷ややかな視線が、容赦なく突き刺さる。
つまり、入部は否ということだ。
そしてこれ以上話すのも無駄ということだった。
俺は何も言わずリビングを飛び出して、自分の部屋に引きこもった。
そして、明け方を待って、寝静まる家からそっと抜け出した。
まだ暗い空の下、ギターを背に歩く。
午前四時半。家の近所は流石に誰も歩いていない。
春先、まだ朝は肌寒い。深呼吸して冷えた空気を吸えば、朝露に濡れた草木の瑞々しい香りがした。
バスも電車もまだ動いていない。駅まで歩いていく。歩いているうちに動き出すだろう。
とにかく遠くへ行きたかった。
誰も知らないような場所へ行ってみたいと思った。
何もかもが虚しくなってしまった。
自分が一生懸命やってきたことは一体何だったのだろう。
俺が楽しいと思ったこと全てが無駄だというのなら、父や母のように無感情のまま、ただ淡々とこの先の人生を生きていけと言うのか。
そんなつまらない人生、嫌だ。
俺は、心から楽しいと思えることを、もう知ってしまった。
何も知らなかった頃の自分にはもう戻りたくない。
だけど、現時点で親に逆らっても、自分の力では何も出来ない、無力な存在なのも分かっている。
とぼとぼと歩いて駅に着いた頃には、電車が動いていた。
何となく海を見たいと思ったので、海方面の電車に飛び乗る。
一睡もしていなかったので、早朝の電車に揺られながら、うとうととする。どうせ行くあてもない。眠気に任せて目を閉じる。
ふと目を覚ましたら、隣の市の水族館近くの駅だったので降りた。ちょうど良かった、海の近くで。
少しお腹が空いたので、コンビニに寄ってシャケおにぎりと唐揚げ棒と温かいお茶を買った。水族館の近くの防波堤の上に座って、行き交う船を見ながらのんびり食べた。美味しかった。
駅のロータリーで、行き先に海の文字が書いてあるバスに適当に乗った。バスに乗った途端、スマホに母から電話がかかってきたので、電源を切る。
海沿いの街道を走るバスは、乗る人もまばらだった。日曜日とはいえ、朝七時過ぎに春先の海へ行く人は少ないだろう。
海水浴場近くのバス停で降りた。
朝日が海にキラキラと反射して綺麗だった。砂浜を歩いていると、サーファーが何人か海に入っているのが見えた。こんなに寒いのに、よくやるなぁと思う。
しばらく砂浜でうろうろと貝殻を探したりしたが、寒過ぎたのでまたバスに乗ることにした。
バスの車窓からは海がよく見えた。春霞に水平線が滲んでいる。柔らかな水色のコントラストは美しく、虚しさを抱えた俺の目には優しい光だった。
しばらく乗っていると、看板が目についた。
近くに大きな神社があるらしい。最寄りのバス停で降りることにする。
看板の案内に従って歩いていくと、表参道と裏参道の分かれ道があった。
もちろん表から行くことにする。
しかし、表参道の方はものすごい階段だった。正直後悔した。ゴールが見えない。少し登っただけで息が切れる。ギターを背負いながらは流石にキツい。途中休みながら、ゆっくりと登った。
頂上にやっと辿り着いた時には、フラフラになっていた。
あまり寝てない体で、登るものではなかったと後悔したが、展望デッキからの眺めを見て、その思いも吹っ飛んだ。
空と海が目の前にはるか先まで広がっていた。
苦労して見える雄大な景色。
達成感の中大きく息を吸えば、潮の香りに包まれる。気持ちが良かった。
展望デッキ横のベンチでしばらく休憩してから、神社にお参りした。
おみくじを引いたが、小吉だった。
失せ物は出ず待ち人は来ない、と書いてあった。微妙だ。
神社の裏手に回ると、駐車場になっていて、裏参道の方が店など賑わっていることに驚く。道も緩やかだった。やっぱり裏から来れば良かったと少しだけ後悔した。
またお腹が空いてきたので、何かないかなと裏参道を散策していたら、店先で美味しそうな肉まんが売っていた。
早速買って、参道を逸れてひと気の少ない場所で一口食べたところで、何処からともなく飛んできたトビに奪われた。嘘だろ、まだ一口しか食べてないのに!
一気に気力を奪われ、疲れがどっと出てきてしまった。
どこか休めるところはないか。
神社の参道から海沿いの街道に戻ってきた。
そう言えば、この神社の手前のところに道の駅があったような気がする。
バス停から歩いて数分の場所に、道の駅があった。最近できたのかまだ新しい。
店内には野菜や果物、地元の特産品など色々な品が売っている。
奥にフードコートのようにテーブルと椅子がたくさん置いてある休憩コーナーがあった。
邪魔にならないように、端の方に座った。
暖房が効いていてポカポカして気持ちいい。
ああ、眠い。
俺は机に突っ伏すと、すぐに寝落ちしてしまった。
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