第22話 春の苦い思い出②(軽音部・入部見学②)

 初めて人と演奏する晶矢は緊張しながら、ギターを爪弾く。


 弾いていて晶矢は驚いた。


 人と合わせるのは初めてだというのに、弾きやすい。

 春人のベースと優夏のドラムが、安定してリズムを刻んでいるからだ。

 目の前で聴いているのと、一緒に演奏するのとでは違う。実際に弾いてみて分かった。


(この二人、本当にすげー……)


 息の合ったこの二人の演奏に合わせることによって、先走りすぎたりしないで弾ける。


(やばい。楽しいな、これ)


 自分の隣で間近で鳴る音に、晶矢は胸が高鳴る。

 そして、その音色の中に感じる、SYURIの気配。


(それなら……)


 晶矢は、曲のギターフレーズの中に、SYURIの曲のフレーズをこっそり紛れ込ませてみる。

 すると春人が、晶矢の方にチラリと目線を向けた。


(へぇ、この子、面白いな……)


 思わず春人は笑みが溢れる。


(初めての割には、ちゃんとついて来れている。そもそも演奏技術も高い。流麗で気高い音色だ。聴いていて心地良い。そして何より……)


 春人は心が躍った。


(この子は、俺の中のあの人の気配に気づいている)


 春人は嬉しくてつい、晶矢を試すような事をした。

 今晶矢が紛れ込ませたフレーズを、そのままベースラインで返してみる。


「!」


 その音に反応して、晶矢がハッとした表情で春人の方を見た。


 目が合って、お互いに不敵な笑みを浮かべる。


 そこから、サビや間奏でところどころ、晶矢と春人の音の応酬が始まった。


(この人、ちゃんと返してくれる)


 晶矢は背筋がぞくぞくと震えて仕方がない。


(ふふ、いいよ。もっとおいで)


 春人は晶矢を誘うように、音色を奏でる。


(何やってるのかしら、この二人は)


 他の部員たちが気づいていない、晶矢と春人の秘密の音のやりとりに、優夏はスティックを振りながら、内心わくわくした気持ちになっていた。


(この子いいセンスしてる。音感もいい。これで合奏初めてですって? 春人と挑発し合うなんて、なかなかいい度胸してるじゃない)


 優夏は、楽しそうに演奏する二人と共にリズムを刻みながら、つい笑みが漏れてしまう。



 演奏が終わると、なぜか誰も一言も話さず、シーンと静まり返ってしまっていた。

 部員全員が驚いていたのだ。お試しで始めた演奏が、こんなにも一体感と高揚感に包まれたことに。


 気まずい沈黙を破るように、キーボードを弾いていた沙奈が、「ねえ」と晶矢に声を掛ける。


「君、本当に初めて?」

「えっ……はい」


 晶矢はつい、春人との音の応酬に夢中になってしまって、少し呆然としながら、沙奈の問いに頷いた。


「君、ギター超上手くない?」

「確かに沙奈より上手いな!」

「私は元々キーボード担当だって言ってるでしょ!」


 陸が余計な事を言って、沙奈に殴られる。


 陸と沙奈が大騒ぎしている横で、まだ呆然としている晶矢に春人が声を掛けた。


「君の名前聞いてもいいかな?」


「……穂高晶矢です」


「俺は二年の佐原春人。あっちは同じ二年の村崎優夏」


 紹介されて、優夏がドラムセットの椅子のところでニコニコと手を振る。


「君のギター、とても良かった」

「ありがとう、ございます。先輩達の音色も、カッコ良かったです」


 晶矢がそう言うと、春人は微笑んだ。


「君は、音楽で何をやりたい?」

「何をっていうと?」

「例えば、誰かのコピーバンドやりたいとか、オリジナルをやりたいとか」

「ああ。それなら、自分で作った曲をいつか、誰かとやってみたいと思ってます」


 まだ大した曲作れないけど、と晶矢が苦笑いする。


 その言葉を聞いて、春人は「そうか」と頷いて、一呼吸置いてから、晶矢に言った。


「もし良かったら、俺たちと一緒にやろうよ、音楽」


「えっ」


 にこにこと笑う春人の言葉に、晶矢は驚いて目を見張る。


「もっと君と演りたいな、と思って。今のセッション、とても楽しかったし、君の作った曲も聴いてみたいな」


 確かに、とても楽しかった。晶矢は夢中でこの二人の音を追いかけてしまった。

 優夏も春人の言葉に同意して、晶矢に微笑む。


「そうね。あなたの作る曲、是非弾いてみたいわね」


 晶矢はそう言われて、胸を突かれたような感覚になって、思わず息を呑んだ。


(俺の曲を、この人たちが弾いてくれる……?)


 今までずっと一人で練習して、演奏していて、孤独だった。


 誰かと音を奏でることが、これほど楽しいという事を、今初めて知り、幸福感に包まれて、まだ呆然としているところに。


(この人たちと、一緒に音楽を……?)


 なんという誘いだろうか。

 自分の曲を、この二人が「弾いてみたい」と言ってくれたことが、こんなにも嬉しいなんて。


(俺やりたい、この人たちと一緒に)


 晶矢は込み上げてくる嬉しさに、少しだけ気恥ずかしくなって、はにかみながら答えた。


「俺も、やってみたいです。先輩たちと」


 その答えに、春人と優夏はにっこりと頷く。


 しかし、そこで晶矢は入学式で親に言われた言葉をふと思い出して、「でも……」と目を伏せた。


「うち親がうるさいので、話つけてから、また来ます」




 越えなければならないハードルがある。


 ギターを始めてから、親にはずっと「やめろ」と言われて来た。「無駄なことだ」と言われ続けて来た。

 入学式が終わった後、晶矢が父に言われた言葉はこうだ。


『高校は、大学に入るための学びの場だ。勉強に関係ない部活には入るな』


 晶矢が妙な部活に入る前に、先に釘を刺したのだろう。


 この人は、いつもそうだ。

 晶矢が自分の思わぬ方向へ行かないように、先回りして否定する。晶矢が時折、それに反発して行動して失敗したときは、それみた事かと、その愚かさを嘲笑うように詰められる。


 物心ついた時から、そういう風に育てられてきた。だからやる前から諦めたこともたくさんある。


 でも、自分が初めて、自分でやりたいと思ったギター、音楽だけは、どうしても守りたいのだ。



 晶矢は、軽音部の部室を辞した後、帰り道を歩きながら、親への言い分を考えていた。


 数日前の雨で、すっかり葉桜になってしまった桜の花びらが、悲し気に水たまりに浮いている。


(軽音部に入りたいって言ったら、ダメって言われるだろうな)


 入学式ですでに否定され、目に見えている結果に、晶矢は心が暗くなる。


(かと言って、黙って入部して後でバレたら、もっと締め付けキツくなるだろうし)


 どう足掻いても、入部できる未来が見えない。


 あの人たちと、やりたい。でも。


 晶矢はどうしようもない無力感に苛まれる。

 しかしそれでも一縷の望みをかけてみるしかなかった。




 部活動を終えて部員が帰った軽音部の部室には、窓辺から夕日が差し込んでいた。

 春先、日中陽が当たる時間はポカポカしていたが、日が暮れたらまだ冷える。


 少し薄暗くなった室内に、春人と優夏は二人残っていた。当番で部活動日誌を書いていたからだ。


「面白い子を見つけたわね」


 優夏が帰り支度をしながら、春人に言う。


「そうだね。とてもいい目をしている」


 体育館でのオリエンテーションの時、そして先ほどの演奏の時。

 晶矢がじっと食い入るように、自分たちを見つめていたことに、春人は気づいていた。


(真っ直ぐな目だ。純粋で率直。だからこそ……)


 気づいていた、SYURIの気配に。


「あの子には分かったみたいだね。あの子も影響を受けたのかな、あの人の音に」

「ふふ、そうかもね。さっき曲の途中であなたたちが煽り合うものだから、びっくりしたわよ」


 優夏が苦笑いしながら言うと、春人は首をすくめた。


「つい楽しくなってしまった。もっと引き出せるかと思って」


 人と演奏するのが初めてとは思えない晶矢のギター。そのメロディの奥底に光のようなものが見えた。


「あの子の音をもっと聴いてみたい、だけど……」


「ちょっと気になるわね。あの子の言ったこと」


 親がうるさい、と言っていた。

 部活にも口を出すような親なのだろうか。


 帰り際ちらりと見せた晶矢の寂しげな表情を思い出し、春人は自分の境遇と重なる気がして、小さなため息を一つ吐いた。

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