第21話 春の苦い想い出①(軽音部・入部見学①)
去年の春、入学式の翌日ことだった。
N高校に入学したばかりの新入生達は、体育館に集まっていた。
これから新入生のためのオリエンテーションが開かれるということで、クラスごとに分かれて並んでいる。まだ初々しい一年生たちは、やや緊張した面持ちだ。
校長先生の話から始まり、学校生活や年間行事についての説明などがあった後、最後に部活動の紹介が始まる。
自分たちの部に興味を持ってくれるように、面白く、かっこよく様々なアピールする先輩達を、新しい制服に身を包んだ新入生達がわくわくした目で見守っていた。
その中の一人に、晶矢がいた。
(ここの学校って、音楽系の部活動ってあるのかな)
少し期待に胸を膨らませながら、発表を見ている。
その隣のクラスの後ろの方で、緊張して人に酔い、気分の悪くなった涼太郎が、体育館から保健室へ行ったことは、誰も気づいていなかった。
運動部の発表が一通り終わった後。
「続いては文化部のご紹介をします」
司会をしている生徒会長がそう言うと、降りていた壇上の幕がスルスルと上がり始めた。
「文化部トップバッターは、軽音部の皆さんです!」
その掛け声と共に、スピーカーからの音が鳴り始め、新入生たちの歓声が上がった。
壇上で演奏していたのは、ボーカルは当時の軽音部部長、ギターは紅一点の副部長、そしてベースは当時二年生だった春人、ドラムは同じく二年の優夏だった。
演奏している曲は、今流行りの曲だ。新入生がとっつきやすいように皆んなが知っている曲を演奏している。
新入生達が、曲にノってわいわいと騒ぐその中で。
晶矢はその音色を聴いて、一人心を奪われて立ち尽くしていた。
(これ……)
晶矢は思わず、壇上の春人と優夏を、演奏が終わるまで、食い入るように見つめてしまう。
(この音は……)
「すみません。見学したいんですけど……」
オリエンテーションがあった翌日の放課後、そう言って軽音部部室のドアを覗き込む新入生がいた。
晶矢だった。
「おお! 一年生! いらっしゃいませ!」
軽音部の部長、三年の新井陸が歓迎の声を上げる。声が大きくて、晶矢は少しびっくりしてしまう。
「ちょっと、あんた声がでかい。一年生びっくりしてるじゃん」
壇上でギターを演奏していた副部長、松野沙奈が、陸をたしなめながら、晶矢に声を掛けた。
「ごめん、騒がしくて。入部希望かな?」
「あの、はい。一応……」
沙奈に聞かれて、晶矢は緊張した面持ちで頷く。
「えっ、ほんと? 嬉しい! 最近二年、三年の人数が減って、一年生入って来ないかなーと思ってたところなの!」
「是非見学してくれ! ちょうどこれから、練習合わせするところだったんだ!」
喜ぶ沙奈の隣で、相変わらず声量が大きい陸が、晶矢を部室へ招き入れた。
部室に入ると、部屋の中央にギターやベース、ドラム、キーボードなどの楽器、マイクやスピーカーなどの機材がセッティングされている。
奥の窓際の方に、数名他の部員がいて、その中に春人と優夏がいた。新入生が来たことに気づいて、手を振ってくれる。
(あっ、あの二人だ)
晶矢は、昨日見かけて気になった春人と優夏を見つけて、どきりとした。
「ちょうど見学の一年生が来たことだし、日頃の練習の様子を見てもらおうか! 皆んな準備してくれ!」
陸が部員にそう声を掛けると、各々が楽器を持って準備をし始めた。
「君は、こっちで見ててくれる?」
沙奈が、隅の方に椅子を用意してくれたので、晶矢はそこへ座った。
「じゃあ、昨日の曲と、今練習してる曲を連続でやるわよ」
沙奈がそう言うと、全員が頷いた。
ドラム、優夏の四拍の合図で演奏が始まる。
昨日、オリエンテーションで演奏してくれた曲だ。声量のある陸のはっきりとした伸びのある歌声と、沙奈の軽快なギター、そしてその後ろで鳴るあの二人の音。
流行りの曲だから、晶矢も自分で弾いて練習したことがあるから分かる。
春人のベースと優夏のドラムだけ、他の部員とレベルが違う。
正直、他の部員の演奏には少し辿々しさがあるが、この二人にはそれがない。流暢にしっかりと、曲の背後でリズムを刻んでいる。阿吽の呼吸と言って良いほど、二人の息が合っていた。
そして極め付けは、春人が原曲のベースにところどころ自分でアレンジを加えていることだ。そしてそれに合わせて、優夏がリズムパターンやフィルなどを変えている。
そのアレンジのメロディから、感じ取る雰囲気があった。
(……
晶矢が初めて聴いて、衝撃を受けたギタリスト。
ロックバンド『ユアリアル』のメンバーの一人で、ギターと作曲を担当している。メンバーの中で一人だけ面をつけて、常に顔を隠しているが、そのギターの音色は晶矢の心を揺さぶり、ギターを始めようと思ったきっかけの憧れの人だ。
春人たちのアレンジが、その人が作る曲の雰囲気に似ているのだ。
フレーズをコピーしてる、と言うわけではない。だが、SYURIの曲を幾度も擦り切れるほど聴いてきたから分かる。
この二人からあの人の気配がする。
昨日演奏を聴いた時からずっと気になって、つい軽音部の部室を訪ねてきてしまった。
一曲目の演奏が終わって、立て続けに次の曲が始まる。
この曲もつい最近の流行りの曲だ。
最近練習を始めたばかりなのか、先ほど一曲目にやった曲よりも演奏の精度が落ちている。しかし、あの二人は難なく演奏をこなしている。
その上、この曲でもやはり、春人はベースにアレンジを加えていて、それに優夏がリズムを合わせていた。
(やっぱりそうだ、この二人……)
そうこうしているうちに、演奏が終わって、部長の陸が晶矢に声を掛けてきた。
「どうだった? 入部したくなったかな!」
マイクを通して声を張って言うので、陸以外の全員の耳がキーンとする。
「だからあんた、うるさいって! 声大きいのにわざわざマイクで話すな!」
陸が沙奈に怒られている。
その間に春人が苦笑いしながら、晶矢に近づいて話しかけてきた。
「ごめんね。多少騒がしいけど、楽しい部だよ」
背が低く中学生のように見える春人は、落ち着いた雰囲気でにっこりと晶矢に微笑みかける。
「君も何か楽器やってるの?」
春人に聞かれ、晶矢は少し緊張しながら答えた。
「俺は、ギターやってます」
「いいね、それは是非聴いてみたいな」
「一緒にやってみる?」
二人の話を聞いて、後ろから背の高い優夏が、にこにこしながら晶矢に声を掛けた。
正直、晶矢は今まで人と演奏を合わせたことがなかった。
親がうるさいため、誰かとバンドを組んだりしたこともない。ほとんど一人で練習していた。
自信はなかったが、この二人とやってみたい、という気持ちが勝る。
「……誰かと演奏したことないので、できるかどうか分からないけど、やってみたいです」
晶矢が素直に答える。
「うん、じゃあやろう」
すると春人がにっこりと頷いて、まだ説教している沙奈と怒られている陸の方へ声を掛けた。
「陸さん、沙奈さん。この子に体験させたいんだけどいいかな?」
「えっ、いいよいいよ! なになに、君楽器やってるの?」
沙奈がようやく陸を解放して、晶矢の方に寄ってくる。
「あの、ギターを」
「えっ、そうなの⁉︎ 私ほんとは担当キーボードなんだけど、今部員にギター出来るの私一人しかいないから、ギターパート困ってたんだー」
そう言って、持っていたギターを晶矢に渡してくる。私キーボードやる、と言いながら、キーボードの前を陣取った。
「何か弾ける曲ある?」
「えっと、さっきの。オリエンテーションでやってた曲なら」
春人に聞かれて、晶矢がそう答えると、
「じゃあその曲を一緒に弾いてみようか!」
先ほど「声を抑えろ」と怒られていた陸が、また懲りずに大きな声で言うので、「りーくー‼︎」と沙奈にまた怒られた。
「さあ、やるわよ」
沙奈の掛け声に合わせて、優夏が四拍のリズムを刻む。
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