第15話 海と水族館②(君の為に詩を)
今日は雲ひとつない青空だ。
絶好の行楽日和。
スッキリ晴れた空から、夏のじりじりとした日差しが降り注ぐ。
涼太郎と晶矢は、最寄駅から電車に乗って、隣の市の海辺の駅に向かっていた。
土曜日の朝の電車の中は、通勤の人はまばらで、行楽にいく親子連れや、友達同士、カップルなどの人が多く、席は埋まっている。
最寄駅から数駅進んだ大きめの駅で、たくさん人が降りたので、二人はようやく座ることができた。
「ここからどれくらいかな」
「んー三十分くらいだな」
涼太郎の問いに答えながら、晶矢はおもむろに、バッグから楽譜ノートを取り出して、ページをぱらりと開いた。
「俺さ、夏休み中に、もう一曲作りたいって思ってるんだ」
「えっ、もう一曲?」
晶矢が開いたページには、先日見せてくれた『そして僕らは』の楽譜が書かれている。
「今日、涼太郎を誘ったのは、その話もしたくて」
そして、晶矢は更に数ページ開いて、何も書かれていない白紙の五線譜を指でなぞって、涼太郎に言った。
「この間の曲は、俺が先に曲を作って、涼太郎が後で歌詞をつけてくれただろ? 今回は、一緒に作りたい」
「一緒にって、どういうこと……?」
「お前が、この間、俺の夢を守るって言ってくれてから、ずっと考えてたんだ。ギター、お前に預けられるなら、お前と一緒に曲作り出来るかと思ってさ」
「!」
先ほど、晶矢が持ってきたギターは、涼太郎の部屋に置いてある。
晶矢が親の目を気にして持ち運びするより、涼太郎が預かっていた方が一番安心できると、二人が話し合って判断した結果だ。
一緒に音楽をやるためには、まず晶矢の大切なものを守らなければならない。
晶矢はノートをパタンと閉じて、涼太郎に微笑んだ。
「お前の言葉が欲しいんだ」
「言葉?」
「お前が今考えてること、思ったこと、感じてること。詩に書いて欲しい」
「えっ、詩……⁈」
涼太郎は「詩を書いて」と言われ動揺する。
「そうだよ。歌詞としてじゃなくてもいいんだ。いつもお前が書いてるみたいに、自由に心のままに書いた言葉でいいからさ」
涼太郎は趣味で詩を書いてはいるが、人に見せる前提では書いていなかった。
自分の気持ちを曝け出すようで恥ずかしいし、何より書いたものに自信がない。
「ぼ、僕の詩なんて、人に見せるほどのものじゃ……って、いたっ」
そこで晶矢が涼太郎のほっぺたをムニッとつまむ。
「そういう自分を卑下すること言うな」
「だ、だって恥ずかしいよ」
「お前の歌も、詩も、俺は好きだって言ったろ?」
「⁈」
晶矢が真剣な顔でものすごく率直な意見を言ってくる。しかしそれ自体が、涼太郎を違う意味で恥ずかしがらせる要因になっていると、本人は気づいていない。
「そ、そういうこと平気で言うから、恥ずかしいんだってば……」
「?」
顔を赤らめた涼太郎は、俯いて両手で顔を隠してしまった。
「とにかく、今日は水族館に行って思い切り楽しんで、海を見て心を落ち着けよう。気持ちを切り替えるんだ」
「気持ちを切り替える?」
「まあ要するに気分転換ってことだな。それから俺はお前のためにまた曲を作る。だから、お前は俺のために詩を書いてくれる?」
晶矢がにっこりと笑って言った。
(晶矢くんのために、詩を?)
そうだ。晶矢は、前回自分のために曲を作ってくれたのだ。
あの公園で、一人で、涼太郎が歌うための曲を。
(確かに、今度は僕が、晶矢くんに返す番かも知れない)
晶矢のために自分が今出来ることは、歌うことと詩を書くことだけなのだ。
それなら、と涼太郎は決意する。
「……分かった。晶矢くんのために、詩、書いてみるよ」
涼太郎が顔を上げて頷くと、晶矢は嬉しそうに笑った。
水族館の最寄りの駅に着くと、同じく水族館に行く人でごった返していた。
夏休みの土曜日だから尚更だ。
「涼太郎、ほら、こっち」
晶矢が、人の流れに流されそうになっている涼太郎の腕を掴んで引っ張る。
「お前、いきなり迷子になりそうになるな」
「ご、ごめん」
「お前ケータイ持ってないんだから、こんなところではぐれたら、呼び出し放送だぞ」
「そ、それはイヤだ……」
「ほら、手」
そう言って晶矢が涼太郎に左手を差し伸べる。
「えっ、手?」
晶矢に言われて、涼太郎が反射的に手を差し出すと、その手を掴んで晶矢が言った。
「お前、人が多いところ苦手だろ? 気分悪くなったり、何かあったら言えよな」
「えっ、あ、あの」
涼太郎が戸惑っている間に、晶矢は「ほら、行くぞ」と言って、涼太郎の手を引いて水族館の入り口へ歩き出した。
(ま、迷子になるのも恥ずかしいけど、これはこれで恥ずかしいよ……!)
出かける前、祖父の重治郎に「迷子にならないように見といてくれ」と言われたことを、律儀に守っているのか。
人混みの中、晶矢は平然と涼太郎と手を繋いでいるが、涼太郎は一人で照れくさくなっていた。
「やっぱり混んでるなー」
入場口は列が出来ている。並んでいる間も晶矢は手を離さないままだ。
(あ。晶矢くんの指、硬い)
繋いでいる晶矢の手の指先の硬さが分かる。ギターを弾いてきた分だけ硬くなった指だ。
(すごいな……この指であの音を鳴らしてるんだ……)
ずっと聴いていたくなる、あの綺麗な音色。
そう思ったら、涼太郎はなんだか畏れ多い気がして、余計に緊張して、自分の手が汗ばんでいないか心配になってしまったのだった。
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