第12話 雨あがりの木曜日⑦(君の夢を守る)★

https://youtu.be/BTZViWWt1a0

※このシーンをイメージした楽曲です。聴きながら読むと雰囲気を楽しめます。



 夢を守るために、隠すことにしたんだ。と晶矢は言った。


「もうやめたんだろうって、思わせるために、部屋にギター置かないで、学校に置かせてもらって、放課後練習したり、色々隠れてやってたんだけど」


 麦茶のコップの氷が解けて、からりと鳴る。


「涼太郎と初めて会った日。俺、三者面談があってさ。担任の先生から親にうっかり、まだ俺がギターをやってることがバレて……親に言われたんだ」


 そこまで言って、晶矢の表情が辛そうに歪んだ。


「まだそんなくだらないこと、やってるのかって」


 涼太郎は、その言葉を聞いて目を見開いた。

 息が止まりそうになるほど、胸が苦しくなる。


(くだらない、なんて、そんな……!)


 あんなに凛として綺麗な音色なのに。


 晶矢が、どれほどの熱意を持って音楽に向き合っているのか。

 どれほどの信念を持って音楽を作っているのか。

 目の当たりにしている涼太郎は、完全にかける言葉を失ってしまった。


「もう頭の中真っ白になってさ。学校から飛び出して……そしたら俺、いつの間にか、あの公園にいたんだ」


 二人が初めて出会ったあの日の美しい空が、脳裏に鮮明に甦ってくる。


(あの時、晶矢くんは、そんな状況で、あの公園にいたの?)


 独りで、どんな想いで–––。


 晶矢と初めて目があった瞬間を思い出す。

 あの時晶矢は泣いていた。それなのに自分は逃げてしまった。


 この人を独りで置いて来てしまった。


 涼太郎は深く深く後悔した。悲しくて、悔しくて涙が込み上げてくる。


「必死になって自分が守ろうとしてた夢も、一生懸命やった練習も、全部、くだらないって言われて……俺……虚しくて、絶望して……」


 晶矢の声が震えている。思わず漏れそうになる嗚咽を止めるように口元を押さえる。


「もう、無理だ。諦めようかなって、思ったんだ」


 しかしそう口にした瞬間、晶矢は目から溢れるものを止められず、光の粒がこぼれ落ちた。

 それとほぼ同時に、晶矢の視界が遮られる。


 涼太郎が立ち上がり、晶矢の頭を引き寄せて、抱きしめたからだった。


 カラオケ店で二人で泣いてしまったあの時、晶矢が涼太郎にしてくれたように、涼太郎は思わず、晶矢を肩口に抱き寄せていた。


「そしたら、聴こえてきたんだ。お前の歌が」

「うん」


「お前が、俺の夢を引き止めてくれた」

「うん」


「夢を叶えてくれた。涼太郎、お前が……!」


 晶矢は涼太郎の肩に縋り付く。とめどなく溢れてくる想いを涼太郎にぶつける。

 涼太郎は晶矢の言葉に頷きながら、それに応える。


「もう諦めたくないんだ、夢を。お前との夢だから」

「うん」


「でも、俺は無力で、何もできなくて……」

「大丈夫、僕もいるよ」


「お前を傷つけたくない」

「晶矢くんは優しいね」


「お前が消えていなくなりそうで怖い」

「僕はもう、晶矢くんから逃げたりしない」


 涼太郎は泣きながら、優しくあやすように、晶矢の声に一つ一つ応えてから、最後に言った。


「もう一人で守らなくていいよ。晶矢くんの夢、僕にも守らせて」


 晶矢は、ついに我慢出来ずに嗚咽して泣いた。

 涼太郎のその言葉一つで、今まで必死に夢を守ろうと足掻いていた自分が、全部報われたような気がした。



 しばらく二人で泣いて、落ち着いたところで、少し照れくさそうに、泣き腫らした目で晶矢が言った。


「悪い。見苦しいとこ見せた」


 そして、テーブルに置いていた麦茶を一気に飲み干す。泣いたせいでひりついた喉の奥には、冷たさが心地良かった。


「ううん。でも、僕たち泣いてばかりだね」


 涼太郎も赤くなった目で照れたように笑う。


「涼太郎のせい……じゃなくて、涼太郎のお陰だな」

「僕の?」

「お前のお陰で、溜め込んでたもの、全部吐き出せてスッキリした。ありがとな」


 そう言って晶矢は、晴れやかな表情を浮かべて笑った。


「俺、ずっと一人で悩んでたからさ」

「僕に出来ることがあれば協力するよ。ギターの置き場所とか、うちなら大丈夫だし」

「そうだな、確かに……」


 涼太郎の申し出に晶矢は頷きかけて、「でも」と言い直す。


「お前に迷惑が……」

「迷惑じゃないよ」


 すかさず涼太郎が首を振った。


「僕と晶矢くんの夢は、繋がってるから。それが『二人の音楽』だから、僕は晶矢くんの夢を守りたい」


 二人の音楽。

 そう言われて、晶矢ははっとする。


(そうだ。俺の夢と涼太郎の夢が『二人の音楽』そのものなんだ)


 どちらか一つだけでは、奏でられない音楽。

 どちらかが欠けたら、鳴らない音楽。


 涼太郎が晶矢の夢を「守りたい」と言ってくれたことが嬉しくて、晶矢はまた胸の奥が切なくなった。


「お前に預けていい? 俺の大事なもの」


 晶矢は「大事なもの」という言葉の中に、沢山の意味を込める。


「うん」


 涼太郎は、晶矢の「大事なもの」の重みをしっかりと受け止めて頷いた。


 するとその時、ちょうど外から夕焼けチャイムのメロディが聞こえてきた。

 時刻は午後五時を指している。


「やべ、もうこんな時間か」

「あっ、ホントだ」


 いつの間にか、こんなに時間が経っていたことに二人は驚く。

 そろそろ晶矢の母親が帰ってくる時間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る