第11話 雨あがりの木曜日⑥(晶矢の部屋)

「俺んち、ここだから」


 先程のコンビニから歩いて約十五分。


 涼太郎たちが出会った公園を、涼太郎の家とは反対の方向へ行った所にある住宅街。その一角に晶矢の自宅があった。


 クリーム色の外壁の二階建ての戸建てで、表札に確かに『穂高』と書いてある。


(ここが、晶矢くんの、おうち……)


「親、今いないから。共働きで、帰ってくるの夕方なんだ」


 そう言いながら、晶矢は門扉を抜けて、ポケットから鍵を取り出すと、玄関を開けた。


「いいよ、入って」


 涼太郎は、緊張して門扉の前で立ち止まっている。


「ひ、人のお家、入るの初めてで……」

「もー大丈夫だって」


 晶矢は、緊張して固まっている涼太郎の背中を押して、家の中に招き入れると、玄関を閉めた。


「はい、上がって」

「お、お邪魔します……」


 靴を脱いで上がると、晶矢が「こっち」と言いながら、玄関のすぐ横の階段を上がっていくので、涼太郎もそわそわしながらついて行く。


 晶矢は階段を上がってすぐ左側の扉を開けた。部屋に入ると、締め切っていたからか中は熱がこもっていた。

 晶矢は、背負っていたリュックを下ろすと、エアコンのスイッチを入れて言った。


「ちょっとまだ暑いけど、その辺に適当に座ってて。今飲み物持ってくるから」

「えっ、う……うん」


 そして部屋を出て、階段を降りていってしまった。


 一人部屋に残された涼太郎は、とりあえず、部屋の真ん中に置いてあるローテーブルの前に座ると、ドギマギしながら、部屋を見渡した。


(ここが、晶矢くんの、部屋)


 涼太郎の部屋とは違って、洋室タイプで床はフローリングだ。

 紺色のラグが敷いてあり、シックな木製のローテーブルと、その横にはベッドがある。


 窓際の勉強机には、パソコンのモニターが設置されている。昨日使ったのだろうか、モニターの手前に参考書が数冊開いたままになっていて、その横の本棚にも、沢山の参考書や辞書が並んでいた。


 部屋全体的に紺色をベースにシックな色合いでまとまった、おしゃれな空間だった。


(すごくかっこいい部屋だなぁ。整頓されてるし……)


 しかし、彼の部屋にあるべきものがない、と感じる。


 ギターはもちろん、音楽に関するものが、ほとんどないのだ。


 それに、この間晶矢が話してくれた好きな漫画や、ゲームなど、娯楽や趣味のものさえ余り見当たらない。


(もしかして、意図的に……)


 涼太郎がそう思ったと同時に、ドアが開いて晶矢が部屋に戻って来た。

 麦茶のコップ二つを載せたお盆をテーブルに置く。


「俺の部屋に来たの、お前が初めて」

「えっ! そ、そうなの?」

「友達とかうちに呼んだことないんだ。親うるさいし、うちに来たって何もないからな」


 そう言って晶矢は制服のネクタイを緩めながら、ベッドに腰を下ろした。


「俺の部屋、つまんないだろ」


 晶矢は苦笑いしながら言う。


「見えるとこには趣味のものとか、置かないようにしてる。色々言われたりするからさ」


(やっぱりそうなんだ……)


 意図的に置いてないのだ。

 彼なりの親への抵抗なのかもしれない。涼太郎は淡々と告げる晶矢の言葉に、何も言えずただ胸がちくちくと痛む。


「流石に部屋には入ってこないけど、外から見える部分に最初から何もなかったら、なんも言われなくて済むだろ」


 だからつまらない部屋なんだ、と晶矢は言った。


「今日は、ギターは学校に置かせてもらってる。明日夏期講習終わったら帰る時に持って帰るけど。基本は週末だけ持って帰る感じかな」


 普段は部屋のクローゼットの奥に仕舞っていると、晶矢は説明してくれる。親が見ていない隙を見計らって、持ち出したり、持ち込んだりしているらしい。


(それって、もの凄く大変だろうな……)


 自分の部屋ですら、自分の好きなように過ごせないのは、あまりにも晶矢が、かわいそうだった。


「晶矢くんの、おうちの人、厳しいんだね」


 涼太郎が戸惑うように言うと、晶矢がまた苦笑いする。


「厳しい、というよりは、話が通じない、かな。噛み合わないんだ、全然。自分たちが、正しいと思ってることしか、認めないっていうか、それ以外は不要なもの、みたいな……」


 言いながら段々と晶矢の表情が、曇っていく。


「俺、ギター始める前は、何の夢も目標もなくて、ただ親とか大人の言うこと聞いて、生きてるってだけのつまんないガキだったんだ」


 涼太郎は、静かに晶矢の話を聞いている。


「だけど、中二の時ギターに出会って、変わった。すげー楽しくて夢中で練習してた。その頃に、この間お前に話した『夢』が出来てさ」


 晶矢の夢、そう言われて涼太郎はカラオケで晶矢が話してくれたことを思い出す。


『誰かに自分の曲を歌ってもらうこと』


(晶矢くんが人生で初めて思い描いた夢だったんだ……)


 涼太郎は、自分が晶矢の夢を叶えた、という事実に胸が切なくなる。


「でも、親は認めてくれなくて、やめろって言われて……。軽音部の入部もダメだって言われて、俺も我慢できなくて、一度親と喧嘩したんだ。その時ギター捨てられそうになって」


 そこまで言って晶矢は一つため息をついた。


「もう親に認めてもらうの、諦めた」

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