第7話 雨あがりの木曜日②(春人の助言)

「ごめん、ちょっと表の方で待ってて」


 そう言われて、涼太郎たちは春人の家の正面へと回った。


「わー大きいおうちだねー」


 直生が春人の家を見て感心したように言う。


 確かに他のお宅と比べると、倍以上はありそうな敷地の広さで、家も立派だ。玄関横のガレージだけで、涼太郎の部屋の何倍もありそうだ。


 しばらくすると、柴犬のコジローを抱いた春人が、玄関から出て来た。


 春人がコジローにリードをつけて下に下ろすと、コジローはムサシとじゃれ合って、喜びの再会を果たしている。


「奇遇だね。ここの所雨ばかりだったから、久しぶりに庭でコジローと遊んでたんだ。散歩中?」


 涼太郎は、まさか十日後の祭りで会う約束をしたはずの春人に、ここで会うとは思わなかった。

 少し気まずさを感じながら、涼太郎はこくりと頷いた。


「こ、この間は、ありがとうございました」

「気にしないで。遅くまで付き合わせたのは俺たちだから。あれ? その子は?」


 春人は、涼太郎の隣にいる直生に気づいて、首を傾げた。


「あ、このワンちゃん、えっと、ムサシって言うんですけど……ムサシの飼い主のお孫さん、です」

「あれ? 君の飼い犬じゃなかったんだ」

「ムサシの飼い主さんに頼まれて、代わりに散歩を……」

「ああ、そういうことか」


 涼太郎の説明に、春人は納得すると、直生に「こんにちは」と声をかけた。


「さっきは驚かせてごめんね。うちの子、コジローって言うんだけど、この間、君んちのムサシとお友達になってしまってね」

「へーそうなんだ」


 二匹をみると、確かに仲良さそうに、まだじゃれ合っている。


「お兄ちゃんは、こっちのお兄ちゃんのお友達?」


 直生が涼太郎を指して、春人に聞く。


(いやいや、同じ学校の先輩だし、つい最近知り合ったばかりで、お友達では……)


 涼太郎が内心そう思っていると、


「うん、そうだよ。ね、涼太郎くん?」


 春人が直生ににっこり笑いながら肯定して、涼太郎に同意を求めてきた。


「えっ⁈ と、友達……⁈」

「ふふ、親友かな」

「しんゆう……⁉︎」


 涼太郎は、このやりとりをつい最近した事がある、と猛烈な既視感を覚えて、まだ何か言いそうな春人に慌てて言った。


「ととと、友達ということでいいので、それ以上、何も言わないで……」


 春人に「友達」と言われて、照れて赤くなった顔を、隠すように手で覆った。



 折角会えたことだし、と言う事で、春人とコジローも途中まで一緒に散歩することになった。


 仲良く並んで歩いている二匹の横を、直生が嬉しそうに歩いている。二匹がマーキングすると、直生が甲斐甲斐しく水をかける。

 一生懸命世話を焼く様子は、微笑ましかった。


「この間は、色々焦らせるような事を言って悪かったね」


 涼太郎の隣を歩く春人が言う。


「君たちと演るのが余りに楽しくて、俺たちもつい夢中になってしまった」

「あ、僕も……いや、僕たちも楽しかった、です。」

「君はああいうバンド形式で歌うのは、初めてだったんだろう?」


 春人にそう言われて、涼太郎はあの時のことを思い出してみる。

 今まで生の演奏に合わせて歌ったのは、晶矢とのセッションだけだ。バンド形式で歌うことなど、もちろんやったことがない。

 だが、あの時どうやってみんなの演奏と、歌を合わせたのか覚えていなかった。ほとんど無意識で歌っていた。


「……はい。でも、何だか、無我夢中で……」

「君は歌に入ると、深く集中するタイプだね。それに、晶矢くんとは息ぴったりだった」


 春人はそう言って、ころころと笑った。


「その晶矢くんは元気?」


 晶矢の名前を聞いて、涼太郎は、先日のバス停で見た苦しそうな晶矢の表情を思い出す。


「あ、晶矢くんは、今週夏期講習があって、忙しいみたいで……」


 あれから会ってない、と涼太郎は春人に答える。


「でも……」

「でも?」

「帰り際、ちょっと元気なさそう、でした……」


 春人が「そうか」と呟いて、苦笑いした。


「彼は真面目だからね。責任感が強くて、何事にも真正面から向き合える胆力もあるけれど、その分自分でどうにかしようとして、抱え込んでしまうところがあるから。もっと周りを頼ってくれたらいいんだけど」


(確かに晶矢くんは、そう言うところ、あるかも……)


 春人にそう言われて、涼太郎は少し目を伏せる。晶矢はあの時、涼太郎に対して何か責任を感じていたような気がする。


「晶矢くんは押しが強いだろう? そういう子は逆に押しに弱いと思うよ。だから、これ」

「?」


 春人がポケットから何かを取り出して、涼太郎に差し出す。


(水族館の、チケット?)


 隣の市にある水族館の入場券だった。二枚ある。


「知り合いから譲り受けたものだけど、俺もユウも色々忙しくて行けそうにないから、君にあげるよ」


 春人はそう言って微笑むと、チケットを涼太郎に「はい」と手渡した。


「えっ、そんな……いいんですか?」

「うん、二人で楽しんでおいで」


 慌てる涼太郎に、春人は頷いて、さらに続けて言った。


「今度は君が、晶矢くんを押してみるのも、いいと思うよ?」


「⁇」


(押すって? どういうこと、なんだろう?)


 涼太郎は、春人の言っている意味がよく分からなかったが、とりあえず「ありがとうございます」とお礼を言った。


「お兄ちゃんたちー、ムサシとコジローが大きいのしたー」


 直生がリードの少し先で二人を呼んでいる。


「あっ、待っててね」


 涼太郎と春人は、二匹と直生の元へ歩み寄って、ビニール袋を取り出すと、フンを拾ってあげた。直生がフンが落ちていた場所へ、ちゃんと水を掛けて流してくれる。


「教えてくれてありがとう」


 そう言って涼太郎が褒めると、直生がはにかむように笑った。

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