第5話 晶矢の独白(弱音)※晶矢視点

 バス停から少し歩いた交差点で、涼太郎と別れた後、俺は少し回り道をして帰ることにした。


 まだ家に帰りたくなかった。

 遅く帰れば、また両親に小言を言われるだろう。


 それでも、門限のギリギリまで、帰りたくないと思った俺は、涼太郎と初めて会ったあの公園へ向かった。


 星が砂のように散りばめられた空が、美しく煌めいている。遠くの山の方の雲の合間で、時折稲光が光っている。少し風が吹くと瑞々しい夏の匂いがする。


 誰もいない公園にたどり着くと、俺はベンチに座って、一人空を見上げた。


 この三日間で色々な事があった。


 終業式の日の放課後、ここで涼太郎と『あの曲』を演奏した。


 昨日、涼太郎の家に行って、一緒に音楽をやる事になって、オムライスを作って一緒に食べた。


 そして今日、涼太郎とカラオケに行って、春人さんたちに会って、皆んなで『あの曲』を演奏した。


 あまりにも濃密な三日間だった。


 涼太郎と過ごしたこの数日は本当に楽しかった。俺の無機質だった人生に、こんなに楽しいことがあるなんて、思いもよらなかった。


 まるで、何か見えない力に後ろから押されるように、急かされているようだった。


 涼太郎と初めてここで出会ったあの日から、毎日涼太郎に会いたくて仕方なくて、ようやく会えてからは、涼太郎の歌声を聴きたくて仕方なかった。


 今も、あいつのことばかり考えてしまう自分がいる。


 俺は“自分が怖い”と思ってしまった。


『お前と音楽やれなくなるのが、いやだ』


 あの時涼太郎に言ったことは、紛れもない本心だ。まだ始まったばかりなのに、俺はもう、涼太郎と音楽をやれなくなることが怖い。

 親のこととか、自分の個人的な事情で、二人の音楽をやれなくなることが怖い。

 あいつを失ってしまうことが怖い。


 だけど、もっと怖かったのは。


 こんなに余裕のない俺自身だ。


 『自分』が涼太郎を傷つけてしまうのではないか、そう思って怖くなった。


 涼太郎を困らせてしまった『自分』が許せなかった。


 俺にもっと余裕があったら。

 無力じゃなかったら。


 ユウさんが言っていた言葉が、頭の中で響いている。


「半端な私たちには『今』出来ないことも多いけれど、『今』しかやれないことがあるのよ」


 出来ない事が多すぎて、今やれる事をやろうとして、焦ってしまう。

 俺と音楽をやると言ってくれたあいつに、急ぎすぎて負担をかけてしまう。

 俺に余裕がないせいで。


 だって、あいつは今にも消えてしまいそうだ。


 涼太郎は、出会った時から、目を離すと幻のように消えてしまいそうだった。

 自分に自信がなく、他人の目に怯えて、いつも俯いていた。


 あんなにも、綺麗な歌を歌う、心優しいやつなのに。

 もっと、自由に歌って欲しいのに。

 もうどこにも、いなくなってほしくない。


 それなのに、俺があいつを怯えさせて、傷つけてしまったとしたら、俺は自分が許せない。


 俺は、ギターを下ろして、ベンチの上に寝そべる。そうすると、目の前には満天の星空だけが広がった。


 天の河がたおやかに流れて、星が瞬いて、このまま眠れば空に吸い込まれそうだ。


 そう思っていたら、いつの間にか涙が出てきてしまった。目の端から耳の方へ、冷たいものが一筋流れて行く。


「何、泣いてんだ、俺……」


 本当に情けなくて、つい自虐的な笑いが込み上げてくる。

 あいつと出会ってから、泣いてばかりだ。


 何が出来る? こんな弱い俺に。


 そう自問自答してみれば、俺に出来ることは、たった一つしかなかった。


『涼太郎のために曲を作ること』


 そうだ。俺にはそれしか出来ない。


 それだけが、涼太郎と俺を繋いでいる糸だ。千切れないようにり合わせて行くしかない。


『僕たちの音楽は、まだ始まったばかりだよ』


 涼太郎がさっき言ってくれた言葉は、俺を落ち着かせてくれた。


(そうだな。ごめん、焦りすぎた)


 次に会える日までに、俺はもっと強くなっていたい。

 涼太郎が自由に歌えるように、安心して隣に立てるように。


(帰るか)


 門限まであと十五分。

 俺は涙を拭いて、起き上がった。

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