第4話 帰りのバス②(晶矢の謝罪)

 そんな感じで二人と別れた後、涼太郎と晶矢はお互い黙ったまま帰りのバスに揺られていた。


 次に二人に会う夏祭りまでは、約二週間。


 それまでに、文化祭に出るか出ないか、考える余裕をくれたのは、晶矢の家庭の事情、そして臆病な自分への、春人たちなりの配慮なんだろう、と涼太郎は思う。


 春人たちの誘いは、魅惑的だった。

 自分たちの音楽を誰かに聴いてもらう機会なんて、確かにそうそうない。誘ってもらえるだけでも光栄なことだ。


 それに、自分と晶矢が今しか出来ない音楽なのだ。晶矢の作った曲を、自分の中だけで留めておくのは勿体無い。どこまでも自由でいてほしい。


 そして、もっと自由になってほしいのは、晶矢自身だ。

 これほどに音楽を愛していながら、親に抑圧されてどれだけもがいて来ただろう。少ない選択肢の中で、涼太郎に「一緒に音楽をやろう」と言ってくれた。


(晶矢くんはあの時……僕に選択肢を預けた)


 春人に提案された文化祭のライブ。

 涼太郎がやるならやる、やりたくないならやらない。


『涼太郎が怖いって思うことは、俺はしたくないから』


 晶矢がそう言ってくれた時は、嬉しかった。


(僕が怖いって言った事、覚えててくれたんだね)


 大勢の人前で歌うことは、怖い。


 沢山の視線に見つめられる。

 想像しただけで足がすくむ。


 涼太郎は、どうしても歌に自分自身の感情を込めてしまう。それは、自分の心の中の全てを人前に晒してしまうのと同じことなのだ。


 今まで自分の存在すら気付かれないようにと、隠れて生きて来たような臆病者だ。

 そんな自分が大勢の人の前に立てるわけがない。


 今までの自分なら、晶矢にやるかやらないか聞かれた時点で、「無理だ」と即答していたと思う。


 だけど……。


 晶矢と一緒に音楽をやると決めてから、自分は変わってしまった。


 あの時すぐに返事ができなかったのは……


(やりたい、と思ったから。だよね)


 晶矢という存在が、自分の隣にいてくれる。


 その心強さがあるからこそ、『怖い』という気持ちよりも、『やってみたい』という気持ちが前に出て来てしまった。


 返答に詰まってしまったあの一瞬で、晶矢にもそれは伝わってしまっただろう。


 自分が迷っていることを。




 そうこう考えている間に、バスが家の最寄りのバス停に着いてしまった。


 二人はバスから降りて、バスが走り去っていくのを見送る。辺りはすっかり暗くなって、空には満天の星が瞬いている。


 ここまでずっと黙っていた晶矢が、おもむろに口を開いた。


「涼太郎、ごめんな」


「えっ」


 急に晶矢が謝ったので、涼太郎は驚いて晶矢の方を見る。


「春人さんに『提案』された時、俺、春人さんにずるいって言ったけど」


 遠くなっていくバスの後ろ姿を見つめたまま、晶矢は言う。


「俺が一番ずるい言い方した。お前に」


 そしてゆっくりと涼太郎に視線を移した。


「お前が人前で歌うの怖がってるの分かってて、お前に決断させようとした。ごめん」


「晶矢くん……」


 涼太郎は晶矢の謝罪に小さく首を振る。


「あの時、僕が迷ってたの、分かったんでしょ」


「……そうだな。俺が迷ってたのも、分かったんだろ」


 晶矢にそう言われて、涼太郎はこくりと頷いた。


「春人さんとユウさんの音楽と、俺たちの音楽が合わさった時、やっぱりこの人たちとやってみたい、今しか出来ない音楽をやりたいって思った」


「うん。僕もそう思った」


 涼太郎が晶矢の言葉に同意する。


 あの時、全員の奏でる音が一体になった時の高揚感は、言葉では形容できない。

 一つになりたい、という願いだけが、今も心に強く残っている。


 すると少し間を置いて、晶矢が絞り出すような声で言った。


「……でも、俺怖いんだ」


「えっ……」


 涼太郎は晶矢の『怖い』という言葉に驚いた。


「折角お前と音楽やれることになったのに、俺が選択肢を間違って、お前と音楽やれなくなったら、いやだ」


 どこか苦しそうに告げる晶矢の本心に、涼太郎は思わず言葉を失う。


(僕と音楽やれなくなるのが、怖いってこと?)


「“二人”でやろうって言ったのに、俺、お前一人に結論を選ばせるような真似した。ほんとにごめんな」


「晶矢くん」


 涼太郎は謝る晶矢の言葉を遮るように、名前を呼んだ。


「僕、何も謝られる理由ないよ」


 車道を走る車のライトが、二人の横をすり抜けていく。涼太郎の切なげな表情が光に浮かんで、晶矢は胸がさざめいた。


「僕たちの音楽は、まだ始まったばかりだよ」


 そうだ、ほんの昨日から「やろう」と始まったばかりだ。

 そして、春人と優夏との約束の日まであと二週間ある。


「“二人”で考えよう。これから“二人”で、どんな音楽をやっていくのか」


 涼太郎はそう言って、晶矢に右手を差し出した。


「僕たち、もう一人じゃないから」


「……そうだな」


 晶矢は静かに頷いて、涼太郎の手を握り返した。

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