第3話 帰りのバス①(夏祭りの約束)

 ファミレスからの帰りのバスの中。


 涼太郎と晶矢はバスに乗ってから、ずっと沈黙したままだった。

 二人とも、先ほど春人と優夏に言われた事を、頭の中で反芻はんすうしている。


 帰り際、春人が席を立つ二人に声を掛けた。


「二週間後、市内の神社でお祭りがあるんだけど……そこで聞かせてくれないかな。君たちの答え」

「お祭りって、K神社の?」


 晶矢が聞くと、春人が「そう」と頷いた。K神社は市の中心にある神社だ。広々とした境内は一部が公園のようになっていて、普段から市民の憩いの場になっている。毎年、八月の第一週の週末に、夏祭りが開かれるのだ。


(そういえば、近所の町内掲示板にお知らせのポスターが貼ってあったな……)


 涼太郎は、小学生くらいの頃に祖父母とその祭りに何度か行ったが、祖母が亡くなってからは行った記憶がない。近年ではいつも家のところから、祭りのラストに上がる花火を祖父と眺めるくらいだ。


「そこでね。俺とユウは、ちょっとしたイベントに出ることになってるんだ」

「是非見に来て。面白いもの見せてあげるわよ」


 説明する春人の横で、優夏がウインクする。

 涼太郎は、祭りに行った時の遠い記憶を手繰り寄せる。確か祭り会場の中には、そこそこ大きなステージがあって、そこで音楽やお笑い、ダンスなど色々なパフォーマンスが見られるようになっていたような気がする。

 もう何年も行ってないので、変わってるかもしれないが、春人と優夏がそこで何か演奏する予定なのだろうか。


(それはちょっと聴いてみたい、かも)


 二人の音楽は、先ほどは作り手側として一緒に演奏しながら聴いていた。今度は純粋に聴き手側で聴いてみたい、と涼太郎は思う。


「イベントが始まる前に、会おうよ。君たちもお祭り、行くでしょ?」


 春人がそう言うと、晶矢がとんでもないことを言った。


「うーん、俺、祭りって今まで行った事無いんだけど……」


「はぁ⁈ えっうそでしょ? お祭り行ったことないの⁉︎」


 晶矢の衝撃発言に、優夏が驚きの声を上げる。


「え? だって、親に行くなって……子供の頃も連れてってもらったことないし……今なら一人で行こうと思えば行けるけど、この歳になって、今さら特に行こうとは……」


 さらに晶矢がそう言うので、春人と優夏、涼太郎まで、晶矢を見つめたまま止まってしまった。


「?」

 晶矢は周りの反応に、困惑した表情を浮かべる。


(お、お祭り行ったことないの⁉︎ 晶矢くん⁉︎)


 涼太郎は、晶矢がそこまで厳しい家庭環境にいるとは思わず、ショックを受けていた。


「まさか、晶矢くんの親御さんがこれほどとは……」

「ねえ、晶矢……あなたよくグレずに、そんなに真っ直ぐ育ったわね……」


 春人と優夏もショックを隠せないで、言葉に詰まっている。


「あ、あの……」


 涼太郎は思わず、晶矢の手を取って言った。


「もし良かったら、僕とお祭り、行かない?」


 涼太郎から誘われたのが意外すぎて、晶矢は一瞬ぽかんとしてしまう。


「家の人にダメだって言われたら、しょうがない、けど……」


 涼太郎はそこまで言って語尾が段々小さくなってしまい、悲し気な表情で俯いた。


 自分だってそんなに祭りに行った事がある訳ではないが、行くなと制限されたから行かなかったのではない。一緒に行く相手もおらず、視線が多く飛び交う人混みでは、人酔いして疲れてしまったり、気分が悪くなったりするからだ。


 ただ晶矢の場合は、親から行くなと言われて、その一言で終わりだ。子供の頃は、お祭りの音や雰囲気、かき氷やたこ焼き、綿あめなどの露店の熱気にわくわくするものだが、小さい頃の晶矢には、行く・行かないの選択肢すらなかったのか。

 そう思うと、涼太郎は切なくなってしまった。


「いや、多分そこら辺は、親にうまく言って、都合つけられるとは思うけど」


 俺ももう子供じゃないし、と晶矢が続ける。


「お前から誘ってくれて嬉しい。いいよ。祭り、一緒に行こうぜ」


 そう言って微笑むと、晶矢は涼太郎の手をぎゅっと握り返して握手するように振った。


 涼太郎は、晶矢に承諾を得られたことに安堵して、「良かったぁ」と吐息を吐くように呟くと、晶矢に微笑み返した。


「二人の純粋さが眩しいな……」

「尊い……推す……」


 春人と優夏は、そんな二人の姿を眩しそうに見つめていたのだった。

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