第2話 ファミレスにて②(春人の提案)

 お肉たっぷりのガッツリ料理をペロリと食べ終わってしまった育ち盛りの男子四人は、追加でミニパフェを一つずつ頼んで、ようやくお腹いっぱいになったのだった。


「ところで、さっきの話の続きなんだけど」


 ドリンクバーから持ってきた烏龍茶を飲んで、一息ついてから春人が話を切り出した。


「折角の機会だから、もう一度だけ言わせて欲しい」


(晶矢くんと出たいって言ってた文化祭のライブのことかな)


 涼太郎は、ストローでオレンジジュースを飲みながら、先ほど春人が話していた内容を思い出す。


 春人が、少し逡巡しゅんじゅんしてから二人に言った。


「晶矢くん、涼太郎くん。俺たちと文化祭ライブ、出てみないかい?」


「⁈ げほっ」


 涼太郎は驚きのあまり、オレンジジュースに咽せて、思わず吹き出しそうになった。


(ななな、なんで、僕まで……⁉︎)


 晶矢と出たいという話ではなかったのか。

 涼太郎は春人から自分まで誘われていることが理解出来ず、咳き込んで涙目になっていた。

 隣から優夏が「あら、大丈夫?」と言いながら背中をさすってくれる。


「これは『勧誘』と言うより『提案』なんだけれど……」


 春人がそこまで言って、視線だけ涼太郎と晶矢に向ける。


「人にとって音楽は『聴くもの』だろう? しかし、それを作り奏でる者たちにとっては『聴かせるもの』なんだよ」


(聴くもの、と、聴かせるもの……?)


「音楽の聴き手と、作り手は対になる関係性だ。そして、俺たちは作り手側。人に聴かせたい、聴いてもらいたい、という想いが、必ずそこにあるからこそ、音楽は紡がれる」


 そう言って、春人はにっこりと微笑んで、涼太郎と晶矢にこう提案をした。


「折角生まれた君たちの音楽を、、と思わない?」


(……誰かに、聴かせたい……?)


 涼太郎はハッとした。そうだ、自分自身が願っている夢がそうだった。


『誰かに自分の歌を聴いてもらいたい』


 だがその願いは、晶矢が叶えてくれた。


(僕の歌は晶矢くんが聴いてくれる。だけど、僕と晶矢くんとで奏でた僕たちの音楽は、誰が聴いてくれる……?)


 ただ二人の間だけで交わされる音楽。

 それでも涼太郎にとっては、十分過ぎるほどの幸せだと思う。

 だけど。


(晶矢くんの作った音楽は、僕の中だけに閉じ込めておくべきものじゃない)


 もっと……

 自由であるべきものだ。


 でも。

(大勢の人の前で歌うなんて……)


「うーん、正直やりたくなって来てる、よな? 涼太郎」


 晶矢がコーラを一気に飲み干してから、涼太郎に尋ねた。

 想いを巡らせていた涼太郎は、一瞬返答に詰まって、目を瞬かせる。


「そ……そんな、ことは」

「お前がやるなら、やる」


 晶矢が真剣な目をして、涼太郎の言葉に被せるように言った。


 涼太郎は困った表情になる。


 多分晶矢だって分かっている。

 春人に言われた提案に、今お互いに何を思ったのか。本当はどうしたいか。


 やるか、やらないか。

 前の自分なら「やらない」の一択だった。

 しかし、一瞬でも迷ってしまった。その時点で、やりたいと思っていることになる。


(僕は……)


「その言い方はずるいなぁ。春人さん」


 晶矢が隣の春人にじとっと視線を移して言った。


「……何のことかな? 俺は『提案』しただけなんだけど」


 春人がにこにこしながら、しらばっくれる。


「俺たちが自分からやりたいと思うように、わざと仕向ける言い方したでしょ?」


 晶矢が核心を付くようにそう言うと、春人は肩をすくめた。


「でも、涼太郎がやりたくないなら、やらない」


 晶矢がそう言い切って、涼太郎に視線を戻した。


「涼太郎が怖いって思うことは、俺はしたくないから」


 そう言われて、涼太郎は目を見開いた。晶矢の自分を気遣う言葉に胸が詰まりそうになる。


「自分たちの音楽を誰かに聴かせたいか、聴かせたくないかで言ったら、もちろん聴かせたいに決まってるわよね。二人とも」


 すると、ここまでずっと黙って話を聞いていた優夏が、飲んでいたアイスコーヒーを置いて、おもむろに言った。


「でもね。青春は有限よ。私たちはまだ高校生で、青臭い子供だけど、自分の意思を持ち始めた大人でもある。中途半端なのよね。それでも、私たちはあと半年、あなたたちは一年半先には、進路を決めて、もっと広い社会の海へ出なきゃならない」


 進路、という言葉に、涼太郎も晶矢もどきりとする。


「そんな半端な私たちには『今』出来ないことも多いけれど、『今』しかやれないことがあるのよ」


 優夏は優しく微笑みながら二人を見つめた。


「それが青春。私と春人にとって青春は、“今しかやれない音楽”よ。あなた達の音楽もそうじゃないの?」


 二人にとって今しかやれない音楽。

 優夏のその言葉に心を揺さぶられて、涼太郎と晶矢は思わず視線を合わせた。


「さっき聴かせてくれたあなた達の音楽、その中にちゃんと感じたわよ」


 優夏が一呼吸おいて、にっこり笑って言った。


「二人の青春」




 門限のある涼太郎と晶矢が帰った後、春人と優夏はファミレスに二人残って、向かい合って座っていた。


「ちょっと発破をかけ過ぎたかな?」


 春人が苦笑いしながらそう言って、垂れてきた髪を耳にかける。


「私たちが言わなくても、やりたくなってたと思うわよ。あの子達」


 優夏は今しがたドリンクバーから持ってきたアイスコーヒーの中に、ミルクとシロップを入れて溶かし込む。


「そうだね。老婆心が過ぎた。いや……俺が焦り過ぎたかな」

「いつも冷静なあなたにしては珍しいじゃない」


 カラカラとコーヒーをストローで混ぜながら、優夏が春人に指摘すると、春人は自嘲気味に笑って言った。


「……俺の自由も有限なんだ。俺はあの二人と演りたい、と思ってしまった。やれないなら、やりたいと思わせる。我ながらちょっと利己的だったかな」


「気持ちはわかるけどね。晶矢が呆れてたわよ」


 そう言われて春人は、先ほど涼太郎を庇った晶矢の様子を思い出した。


「晶矢くんは涼太郎くんの歌に本気で惚れているみたいだね。二人には二人のタイミングがあるだろうに、急かすようで悪いことをした」


 でも、と春人が優夏を伺うような目で見る。


「ユウ、君も二人に優しく諭すようでいながら、言ってることはだいぶ二人を煽ってたね?」


「あら、人聞きの悪い。応援って言ってくれる?」


 にこにこと穏やかに微笑み合う二人の目は笑っていなかった。


「私、あの二人を“推す”って決めたのよ」


「なるほど。それには俺も同意しよう」


 涼太郎と晶矢の音楽が、この先どうなっていくのか見てみたい。それは二人の同意見だった。


「それに、涼太郎は私とウメハルの恩人なんだから、もっと丁重に扱ってよね」

「そうだった。俺とコジローの恩人でもあるからね」


 自信無さ気に不安そうにしている涼太郎の、心の優しさは二人とも知っている。


(今日ユウを誘って、あのカラオケ店に行ったのは勘の様なものだけど、こんなに早くあの子に会えるとはね……)


 春人が涼太郎の声を聴いたことがあったのは、あのカラオケ店だった。

 いつだったか、優夏と練習の為に訪れた時、どこからか漏れ聞こえてくる歌声があの声だったのだ。

 心に響く声に、どうしようもなく胸が騒いで、どの部屋なのか探したけれど、その時は見つけられなかった。


 でも、やっと見つけた。


 昨日は、涼太郎も急いでいる様だったから深追いしなかった。もしかしたらカラオケ店で、また会うことがあるかも知れない。会えたら良いな、ぐらいの期待しかしていなかったが。


 まさか、晶矢と一緒に現れるとは思いもよらなかった。


(こんなに運命的な出会いはないな)


 思わず、春人は笑みが溢れる。


「こうしてまた会えた縁だ。恩は必ず返そう。涼太郎くん」


 ここにはいない涼太郎に、春人は語りかけるように呟いた。

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