第二章 僕は君の傍にいて

第1話 ファミレスにて①(僕たちが見た場所)

 あれから、四人は駅近くのファミレスにいた。


 カラオケ店から出た時は、すっかり日も暮れてしまっていて、一緒に夕飯を食べて帰ろう、と言うことになったのだった。


 窓際のソファ席に案内された四人は、テーブルを挟んで、涼太郎と晶矢、春人と優夏の並びで座った。


「今日は付き合ってくれてありがとう。お礼にご馳走するよ。好きなもの頼んで」


 春人がそう言って、目の前の二人に微笑む。

 涼太郎は、友達などとファミレスに来るのは初めてで、緊張して顔を上げられず俯いていた。


(どどど、どうしよう……どこ見たらいいの……)


 今更、目の前の春人と優夏の視線が怖くなってしまっていた。

 すると晶矢が、涼太郎の視線を遮るように、目の前にメニューを広げて言った。


「はい、メニュー。お前どれにする?」


 俺はこれかなーと言いながら、晶矢が指を差したのは、鉄板の上にハンバーグとチキンとソーセージが乗った『ミックスグリル』だ。

 涼太郎は、視線を向ける先ができてホッとしながら、メニューを見つめる。


 春人と優夏はその様子を見て、なるほど、と思い、二人は目配せをした。


「そうか、そういうことなら席を変わろうか」

「え?」


 涼太郎がメニューを見ている間に、自分以外の席順が変わっていた。

 涼太郎の隣に、春人と優夏、目の前の席に晶矢、という三対一の座りになっている。


(えっなんで⁈ せ、狭……)


 涼太郎が混乱していると春人が言った。


「涼太郎くんには、晶矢くんが目の前の方が、いいだろうと思って」

「いや、そっち狭くない? 明らかに」


 晶矢が胡乱な目をして言うので、涼太郎が横を見ると、にこやかに座る春人と優夏のうち、ガタイの大きい優夏が、ソファから半分くらいはみ出しているのが見えて、涼太郎は思わず吹き出してしまった。


「あの……そこまで、してくれなくても、大丈夫、です」


 涼太郎は肩を振るわせながら、なんとか言葉を絞り出す。結局、涼太郎と優夏、晶矢と春人、という並びに落ち着いた。

 涼太郎は気遣ってくれた三人のお陰で、先ほどよりも視線が気にならなくなっていたのだった。



 沢山演奏したからか、全員お腹が空いていて、結局全員『ミックスグリル』を頼んだ。テーブルに四つ、お肉てんこ盛りの鉄板がどどんと並ぶ。


「さっきの曲、とても良かったよ」

 春人が肉汁たっぷりのハンバーグをナイフで切りながら言う。


「ほんと、思わず体が動いちゃったわ」

 優夏がそう言って、パリパリの香ばしいチキンを頬張る。


「二人にそう言ってもらえると、めっちゃ嬉しい」

 晶矢が嬉しそうに、焼きたてのソーセージをパリッと齧った。


「……あの、皆さん、すごかった、です」

 そう言って涼太郎はホクホクの付け合わせのポテトを口にする。


「そうだな、すごかった。春人さんのベースと、ユウさんのドラムが入った途端、曲が色鮮やかになった。視界が開ける感じだったな」


 晶矢が涼太郎の言葉に、同意して言う。


 ベースとドラムは、全ての楽曲において、リズムを刻み、足元を支える重要な音色だ。

 春人と優夏の奏でる音は、涼太郎と晶矢の曲に足りなかったものを補ってくれた。


 涼太郎自身、二人の音を初めて聴いて、衝撃を受けていた。あの時、心臓の鼓動のように、腹の底に深く響く二人の音色は、歌う自分をしっかり地に立たせ、導いてくれる確かな存在だった。


「やっぱり二人の音、かっこいいな」


 晶矢がそう言うと、春人がにっこりと微笑んだ。


「入部見学の時以来だけど、君とまた演奏出来て、俺も嬉しかったよ。晶矢君の作る曲、もう聴けないかと思っていたから」


 去年の春、軽音部の入部見学に晶矢が来た時、初めて一緒に演奏して以降、春人と優夏が何度誘っても、晶矢は頑なに演奏してくれなかった。


 晶矢の親が入部を相当反対したということは、春人たちも聞いていた。

 そして、入部見学に行ったせいで、ギターを捨てられそうになった、ということも。


 晶矢は、軽音部や春人たちに迷惑がかからないように、軽音部の人間と関わらないようにしていたらしい。

 まさか、晶矢が涼太郎と組んで、こんなに素晴らしい景色を見せてくれるとは、春人は思いもよらなかった。


「涼太郎くんの歌と、晶矢くんのギター、出会って間もないとは思えない程、息ぴったりだった。俺の心に響いたよ。何だか景色が見えたんだ」


「わかる。心象風景ってやつよね。演奏してる途中になんか意識だけがそこに行ってるって言うか」


 優夏が春人の言葉に頷く。


「マジで? 俺も見えたって言うか、世界が切り離されたような感じがしてた」


 晶矢が二人の言葉に驚いてそう言うと、涼太郎が無意識に呟くように言った。



「……すべての音が光の雨みたいに降り注ぐ場所……」



 涼太郎の言葉に、四人の間に一瞬の沈黙が走る。


「……え? あれ、僕、なんか変なこと、言った?」


 急に静かになった三人に驚いて、涼太郎は焦る。


「いや……そう、まさにそういう感じだった」


 春人が少し呆然とした顔で言うと、


「涼太郎、あなた美しい表現の仕方をするわね」


 同じく優夏が驚いた表情で言った。


「お前も同じ世界が見えてたんだな」


 晶矢が涼太郎を眩しそうに見て言う。



「涼太郎はやっぱり、詩を書いたりするの向いてるな」

「あああ、あんまり、そのこと、言わないで……⁉︎」


 晶矢が涼太郎の趣味の詩のことを二人の前で話すので、涼太郎は取り乱してしまった。

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