第25話 そして僕らは。★

※このシーンで流れている想定の楽曲です。聴きながら読むと雰囲気を楽しめます。この物語の主題歌でもあります。

https://youtu.be/4LYxVSN-_PA



 そして僕らは、空を見上げた。

 どこまでも青かった、悲しいほどに。


 何を信じていれば、明日が来るのだろう。

 すきま風が吹いて、寒い日々の中で。


 小さくていいから、

 一つ、君の涙を、僕にもくれるかな。


 そして僕らは、空を見上げた。

 どこまでも青かった、分かってたけど。


 だけど僕らは、歌を歌うよ。

 心の底が、尽き果てるまで。



 涼太郎は、晶矢の音を聴いていた。


 ずっと聴いていたい。隣で歌いたい。

 そんな想いが、歌となって溢れてしまう。


 涼太郎は、晶矢と出会ったあの日の空を思い出していた。


 空には高く入道雲がそびえ立ち、落ちていく夕陽に照らされて輝いている。

 今まさに季節が変わる。

 これから始まる夏を予感させる、あの燃えるような煌めき。


 あの光に届くように、あの光を目指すように、声の限りに歌う。心を込めて。


 僕は、僕たちはまだ青い。

 まだ幼稚で悲しいくらい無力で、何も知らない。

 何もかも遠すぎて、まだ届かない。

 だけど、いつか僕らは……


 晶矢は涼太郎の歌声を聴いた瞬間、全身が震えるのを感じた。


(そうだ、涼太郎。もっと……)


 鼓動が跳ねて、理性が飛び、どうしようもない本能に支配される。

 世界がまた現実から切り離される。歌で涼太郎が語りかけてくる。

 切実な想いで、自分を呼んでいる。

 あいつの想いがここに溢れている。


(もっとお前の歌が聴きたい。俺が応えるから)


 晶矢は涼太郎の想いに応えるように、ギターをかき鳴らした。



 二人の曲を目の当たりにして、春人は思わず息を呑んだ。


(これは……凄いな)


 コジローを呼び戻した涼太郎の声。

 あの時聴いた声とは比べ物にならない。今聴こえてくる涼太郎の歌声は、春人の心を直接揺さぶってくる。

 そして、晶矢の奏でる音色と合わさることで、曲が色鮮やかになる。


 彼らが見ている世界が見える。


 晶矢は「一度しか合わせてない」と言ったが、これほど自然に息を合わせている二人に驚愕する。

 天性の感覚を持った二人が、こうして出会い、音楽を奏でていることに運命すら感じる。

 偶然ではなく必然なのだと。


(なるほど。これが君たちの音楽か)


 春人は思わず、ベースの弦を爪弾いた。



 優夏は二人の曲を聴きながら、泣きそうになっていた。


(やだ、なにこれ。好き)


 一度しか合わせていないと言っていたが、嘘だと思うほど、ごく自然に音色が重なり合っている。


 涼太郎の歌と晶矢の音色が、互いに惹きあっているのが分かる。先ほど晶矢が言った“夢中”の意味が、痛いほど分かる。

 そこには確かに愛があり、曲の中で語られて、一つになりたいと、確かに叫んでいる。


(こんなの、推すしかないじゃない)


 優夏は思わず、スティックを振り下ろした。



 いつの間にか、四人は同時に演奏していた。

 この曲に、命が吹き込まれた瞬間だった。


(ああ、世界はこんなにも、色鮮やかだったんだ)


 何度目かのリピートで、全ての音色のピースが揃った時、その音楽は、彼らを包み込んでいく。

 自分自身が発した音が、他の音と混ざり合って、自分を取り巻く世界を象っていく。


 涼太郎は、自分がこれまで生きてきた人生で、初めて、一人じゃないことの幸福、というものを感じていた。


(音が光の雨みたいだ……)


 自分の歌声と晶矢の力強いギター、春人の歌うようなベース、優夏の心地よいドラムの音色全てが、一体となって光り輝き、空中で弾けていくように見える。


 音色の中にある躍動感、リズム、グルーヴ。その音に、それぞれの大切な想いが込められているからこそ、こんなにも愛しく切ないのだろう。


 晶矢が自分のために作ってくれたこの曲の中で、その音全てが完全に一つになった。


 自分が一人ではないということが、こんなに幸福なことだったんだと、涼太郎は初めて思い知った。全身が喜びに打ち震えていた。


 そして、曲が完成した時、演奏が終わってしまう。


 部屋の中が一気に静まり返り、耳の奥がキーンとする。

 今まで忘れていた体の感覚が戻ってくる。


 自分の少し荒い呼吸が聞こえる。


 部屋の中の熱気を感じる。


 自分がじんわりと汗をかいているのが分かる。


 そして……



 涼太郎は自分が泣いているのが分かった。



「……あ」


 その瞬間、涼太郎は誰かに頭を引き寄せられた。


 晶矢だった。


「お前、すぐ泣くよな」


 そう言う晶矢も泣いていた。


「お前は泣くと逃げるから」


 だから捕まえとく、そう言って自分の肩口に涼太郎の頭を抱き寄せた。


 涼太郎は押し寄せる感情の波を処理できず、流れてくる涙を隠すように、晶矢の肩に顔を埋めたまま動けなかった。


 なんで泣いてしまうんだろう。

 こんな風に、想いが溢れて歌った後は、

 いつも、泣いてしまう。


 理由は分からない。だけど、悲しいから泣いているわけではない、ということだけは分かる。

 多分、これは嬉し涙だ。


「……晶矢くん、だって、泣いてる……」


 涼太郎が恥ずかしさを紛らわすように、晶矢に指摘すると、晶矢はあっけらかんとして言った。


「涼太郎のせいだろ」


 そして、涙に濡れたまま、晶矢はにっこりと笑った。


「やっぱりお前最高だな」



 二人のその光景を見た優夏は、感動して涙を流しながら口元を抑えている。


「なんって尊いの……!」


 涼太郎と晶矢がたった今音楽で体現していたものは、まさに青春そのものだった。


(二人の純粋な涙、このおもばゆいほどの輝き。これが二人の音楽なのね。無理、尊すぎる……!)



 春人は呆然としてしばらく立ち尽くしていた。


(これが、二人の音楽か)


 先ほど晶矢が言っていた『自分たちの音楽』、それを目の当たりにして、春人は無意識に自分の体まで動いてしまったことに衝撃を受けていた。


(こんなに心動かされたのは、久しぶりだな)


 涼太郎と晶矢の音は、春人に鮮やかな景色を見せた。

 思わず呟きが漏れる。


「……もっと……見てみたいな」


(この二人が奏でる世界を、もっと見てみたい)



「君たち」


 春人は、まだ涙が止まらずにいる涼太郎と晶矢に歩み寄り、二人に問いかけた。


「やっぱり出てみないかい?」


 春人にふいに話しかけられて、二人の疑問符がハモる。


「「えっ?」」


「文化祭」


 春人は満面の笑みでそう言った。


(第二章に続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る