第24話 夏休み二日目⑦(彼が君を選んだ理由)

 カラオケから帰るところだった涼太郎と晶矢は、今来たところの春人と優夏に連れられて、再びカラオケ店の中へ戻って来てしまった。


(ど、どうして……また中に……)


 涼太郎は何が何だか分からないまま、三人の後をついていくしかなかった。


 通された部屋は、涼太郎たちが先ほどいた部屋とは別の部屋で、広々としたスペースに色々な楽器や機材が置いてある。


(えっすごい、こんな部屋あったんだ……)


 涼太郎と晶矢は驚いて、部屋を見渡す。


「うわ、すげー。ドラムも置いてある」


 晶矢が感嘆の声を上げた。部屋の奥にドラムセットが鎮座していた。


「ここのカラオケ店は、バンドの練習も出来るんだよ」


 春人がそう言いながら、背負っていた楽器ケースからエレキベースを取り出した。


「たまに来るの。いつもは学校で練習してるけど、夏休みは学校が閉まってたりするから」


 優夏が、自分のバッグからスティックを取り出し、指先でくるりと回してみせる。

 そして春人が晶矢に言った。


「ギターも色々置いてあるから、使ってみてね」


「あっほんとだ! すげー」


 部屋の片隅に何本かレンタル用のギターが置いてあるのを見て、晶矢が目をキラキラさせて、物色し始める。


「涼太郎くん、君はこっち」

「えっ」


 呆然としていた涼太郎に、春人が手招きをした。

 春人はマイクスタンドの前に、涼太郎を立たせると、スタンドの高さを調整しながら言った。


「こういうのは初めてかな?」


 涼太郎はこれから何が始まるのか訳が分からず、困惑した表情で首を傾げる。


「晶矢くんとはね、一度だけ……」

「?」

「入部希望でうちの部に見学に来た時に、一度だけ、彼と一緒に演奏したことがあるんだ」


 春人は少し遠い目をして言う。


「晶矢くんの音色はとても素晴らしかった。その時に俺とユウは、彼と一緒に組んで音楽をやりたいと思ったんだ。けれど、彼の親御さんに入部を反対されてしまってね。それ以来、晶矢くんとは演ることが出来なくて……」


(そうだったんだ)


 涼太郎は、春人が語る自分の知らない晶矢の話に真剣に耳を傾ける。


「それがずっと心残りでね。今度の文化祭で俺たち三年の部活動も最後だから、是非一緒に演奏してくれないかと、声を掛けていたところだったんだよ」


 断られたけどね、と春人が苦笑いする。


「厳しい家庭環境の中で、彼はギターを続けるために、今まで沢山の取捨選択をしてきたんだろう。だからこそ……」


 そう言って、春人は涼太郎の目を深く見つめた。


「彼が君を選んだ、その理由が知りたい」

「……えっ?」


 涼太郎は、春人の言葉に胸がドキリとして、その視線から目が逸らせなかった。


(僕を選んだ? 晶矢くんが……?)


「彼のギターには俺もユウも惚れてるんだ。その彼が選んだ君の歌を、純粋に聴いてみたいと思ったんだよ」


 それに、と春人が続ける。


「昨日、君のコジローを呼ぶ声を聴いた時、正直鳥肌がたった。君の歌声、直接聴いてみたくて」


 そう言って春人はにっこり笑った。


「ふふ、まあリラックスして。君は晶矢くんの演奏を聴いて、合わせればいいから」


 待っててね、春人は涼太郎にそう言うと、晶矢の方に行ってしまった。


(えっ、僕の歌を、聴いてみたいって……)


 涼太郎はマイクスタンドの前で、一人呆然としながら混乱していた。


(これ、何が始まるの? どういうこと?)


 春人はギターのセッティングをしている晶矢に声をかけた。


「あの子、こういうのは初めてみたいだけど」

「ああ、それは多分大丈夫です。あいつとさっきカラオケで音合わせてみたんだけど、あいつは歌に入ると集中するから……」


 晶矢が言うと、春人は「そう」と感心したように頷く。


「あと、耳がいい、と思う。他の音をちゃんと聴いてる。リズムとか、入るタイミングも、自然に分かってる感じだから」


 すると、晶矢の話を横で聞いていた優夏が同意して頷いた。


「そうね、あの子は音を聴き分ける耳を持ってると思う」

「なるほど。彼は本当に興味深いな」

「あ、これ、今からやる曲の譜面です」


 晶矢が楽譜ノートを二人に見せる。


「まだ出来たばかりで、実はあいつとまだ一回しか合わせてないから、ちょっと荒削りだけど」


(えっ? 一回合わせただけ?)


 苦笑いしながらそう言った晶矢に、二人は驚いたが、晶矢は涼太郎の方に視線を移して、演奏の体制に入る。そして、おもむろに涼太郎に言った。


「涼太郎、この間の曲、今から演るよ。いい?」

「……えっ⁉︎」


 涼太郎は驚いて思わず晶矢の方を振り返った。


「俺たちの曲、折角だから春人さんたちに聴いてもらおう。俺の音、聴いて」


 そう言って、晶矢がギターで、あの曲の最初のコードを一ストローク鳴らす。

 すると、スピーカーから、今までの生の音とは比べ物にならないほどの、はっきりとした音色が響く。

 晶矢が涼太郎に目配せをして言った。


「いくよ」


 涼太郎は、その音を聴いた瞬間。

 心臓が跳ねて、晶矢の掛け声で、目を見開いて息を吸った。

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