第17話 涼太郎の独白(願い)※涼太郎視点

「じゃあ、明日二時ね」


 そう言うと晶矢くんは帰って行った。


 結局その日の夕方まで、僕の部屋で二人で色々な他愛ない話をした。


 好きな音楽、好きな本、好きなゲーム……全部、自分が「好きだ」と思うことの話だった。


 多分、晶矢くんは、僕が苦手だと思うこと、怖いと思うことを、聞かなかったし、話もしなかった。わざと避けてくれていたんだと思う。


 こんなに長時間、誰かと接したのは初めてだった。けれど、晶矢くんと過ごす時間は、思いの外楽しかった。


 誰かと面と向かって会話するなんて、とてもじゃ無いけど、今まで怖くてできなかったのに。


(晶矢くんは優しい人だな……)


 すごく真っ直ぐで、率直にものを言うけれど、だからこそ、その言葉には裏も嘘もなかった。

 こんな臆病な僕を、何気なく気遣ってくれていた。


 また明日、という約束が、こんなにも嬉しいことだとは、知らなかった。




『俺とやろうぜ、音楽』


 今日晶矢くんに言われた言葉は、暗闇の中に差し出された救いの手みたいだった。

 その言葉に応えた瞬間、完全に僕は変わってしまった。


『僕の歌を誰かに聴いてもらいたい』


 自分の中の奥深くに埋めて、蓋をしたはずの“遠い昔の夢”が溢れ出してしまった。


 今も昔も、こんな僕には到底烏滸おこがましい夢だ。

 誰にも言えなくて、自分の心の中で、静かに終わるはずだった夢。


 でも晶矢くんが叶えてくれた。

 こんなにあっけなく。


 晶矢くんに初めて会ったあの日。

 僕の歌を聴いてくれて、好きだと言ってくれた。

 そして僕も、晶矢くんが奏でる音を好きになってしまった。


 あの日から、僕はずっと心が揺れていた。


(どうしよう……やるって言っちゃった)


 僕は今更、不安になっている。



 自分の中の奥深くに埋めて蓋をしたものは、幼い頃の淡い夢だけじゃない。

 蔦のように絡まった真っ黒な過去が、開いた蓋の隙間から這い出て、僕を引き摺り込もうとする。


――あんたのせいで。

――お前なんでいるの?

――お前がいなければ。 


 僕を責め立てる声が、今も聞こえる。

 思い出さないようにしていたものまで溢れてくる。


 僕さえいなければ。僕だけがいなくなれば。


 誰にも気付かれないように、息を潜めていれば、誰も僕を見ない。

 無関心でいてくれる。

 だから怖く無い。


 そうやって、自分の存在を消し続けて、やっと手に入れた「孤独」が、僕の平穏だったけれど。


 晶矢くんが見つけてくれた。


 こんな僕の夢を、ちゃんと見て、聴いて、肯定してくれた。

 僕は、存在していいんだと、認めてくれた。


 だけど、僕の心の奥底の、どろどろとした感情や暗い過去まで、晶矢くんに、知られたら……

 そう思うと、怖い。


『自由でいろよ、歌う時くらい』


 また逃げ出したくなるのを、晶矢くんのその言葉が、引き止める。


 いいのかな。僕は、歌っても。


 少しだけ。

 短い間でもいい。君の隣で歌えたら。

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