第16話 夏休み初日⑧(オムライスと曲名)

「鶏肉なくて……ハムでいいかな」


 涼太郎と晶矢は、涼太郎の家の台所に二人並んで立っていた。

 高校生男子二人、172㎝の涼太郎と175㎝の晶矢が並ぶと流石に狭い。


 涼太郎はフライパンで、小さく切ったハムとピーマン、刻んだ玉ねぎを炒めている。晶矢は、ボウルに卵を割って、牛乳を入れてかき混ぜている。


 先ほど、涼太郎の部屋で、一緒に音楽をやろう、ということになった丁度そのタイミングで、時計の音が鳴ったのだ。

 正午になっていた。


「えっもう昼? 腹減ったな」


 晶矢がそう言うと、涼太郎が躊躇いがちに言った。


「……あ、あの、オムライス……」

「ん?」

「お昼……オムライス、作ろうと、思ってたから……」


 涼太郎の提案に、晶矢が「おお、いいね」と同意する。


「じゃあ一緒に作ろうぜ」



 ついさっきまで、ほぼ初対面の様な自分達が、台所に並んで一緒に料理をしているのは、なんとも不思議でおかしな気分だったが、腹が減っては戦はできない。


 涼太郎はハムがカリカリになったところで、フライパンに炊飯器に残っていたご飯を投入する。


「へー手際いいな」


 晶矢が涼太郎の手元を見ながら感心して言う。


「えっ、そ、そうかな……」


 涼太郎は照れた様に少しだけ目を伏せると、ご飯が適度に混ざったところで、塩とこしょうを振り、冷蔵庫からケチャップを取り出した。

 フライパンにケチャップを入れると、トマトのいい香りが立ち上る。


「おお、うまそう」


 涼太郎が皿に出来上がったライスを盛っている間に、今度は晶矢がコンロの前に立った。

 バターをひいて熱したフライパンに、溶かした卵をとろりと流し込む。

 タイミングを見計らって、フライパンを回しながら菜箸でゆっくりと卵を捻ると、綺麗なドレープが出来上がった。


「えっ凄い……」


 涼太郎が驚きの声を上げる横で、晶矢はそれをライスの上に乗せた。

 まるでお店で出てくる様な見た目に、涼太郎は目を輝かせている。


「こういうオシャレなオムライス、一度食べてみたくて昔色々研究したんだ。卵焼きまくって親に怒られたけど」


 全部責任持って食べたけどな、そう言って晶矢がいたずらっぽく笑った。



 出来上がったオムライスは、格別だった。

 一口食べて、その美味しさに思わず二人とも感嘆の声が出る。


「っ……美味しい……」

「うん、マジでうまいな」


 バターの香りがふんわり漂う少し半熟の卵と、カリカリのハムの香ばしさとケチャップの風味がマッチしたライスは相性抜群で、余りにも美味しくて、あっという間に二人は食べ終わってしまった。


 重治郎がいない日、いつも一人で黙々と食べている食事より、格別に美味しいと、涼太郎は思った。



「そうだ、この間曲につけてくれた歌詞、覚えてる?」


 昼食の片付けを終えて、涼太郎の部屋に戻ると、晶矢が言った。


「うん……覚えてる、けど」


「誰かさんが、歌詞付けるだけ付けていなくなったから、途中なんだよねー」


「うっ……ご、ごめん」


 晶矢が揶揄う様に言うと、涼太郎はバツが悪そうに俯いた。晶矢はこの間のノートとシャーペンを取り出して、テーブルの上にページを開く。


「俺が覚えてるとこは書き込んであるけど、抜けてたり違ってたりしてるとこ、教えて」

「う、うん……」


 涼太郎はノートの譜面を見ながら、メロディラインに沿って、抜けていた歌詞を書き込んでいく。


「……これで全部、かな」


 涼太郎は歌詞を全て書き込むと、晶矢にノートを渡した。


 これで、全ての歌詞のピースが埋まった。


 晶矢は手渡された楽譜を黙って見つめたまま、しばらく考え込むように動かなくなった。


 涼太郎は、晶矢のその様子に段々と不安になる。


「あああ、あの……変なとことかあったら、言って……」


「……曲名」


「えっ」


 晶矢が楽譜から目を離さないまま言う。


「曲名決めよう。この曲につけたい名前、今からせーので言い合おうぜ」


 突然の晶矢の提案に、涼太郎は「えっ、き、曲名?」とあわあわと慌てる。


(多分同じ答えになると思うけど)


 晶矢は確信して「せーの」と掛け声をあげた。



「「そして僕らは」」



 二人の声が見事にハモった。

 

「まあ、やっぱそうだよな」


 この曲の歌い出し、サビの部分の言葉だ。『そして僕らは』この言葉の後に自分の迷いや、未来の決意を独白するような歌詞が続く。


 涼太郎が書いた歌詞は、まるで晶矢自身の置かれた心境そのものだった。

 あの時、涼太郎の歌を聴いて、内心驚いていたのだ。


 自分の心の奥底を見透かされたような気がした。いや、もしくは涼太郎も、同じような想いを抱いているのかも知れない。


 涼太郎は「僕」ではなく、「僕ら」と書いた。


『そして僕らは、空を見上げた』


 そう歌い始める、この曲。


 あの日、初めて会った日。

 二人は確かに、宇宙まで届きそうな入道雲が夕日に煌めく空を見上げていた。


「僕のための曲って言われて、嬉しくてつい……勝手に歌詞つけて、ごめん……」


 涼太郎が謝罪の言葉を口にしたので、晶矢は即否定した。


「何で謝るんだよ。別にいいだろ、好きに歌えば。俺が作ったお前のための曲なんだから」

「えっ……」


「自由でいろよ、歌う時くらい」


 晶矢にそう言われて、涼太郎は驚いて言葉を失った。


(僕は、自由でいても、いいの……?)


 晶矢のその言葉一つで、抑圧された心が軽くなっていくような気がする。


「俺、お前の歌好きだからさ」

「……⁈」


 更にそんなことを言われて、涼太郎は顔が真っ赤になってしまった。


「あ、晶矢くんは……」

「?」

「物言いが、いちいち、ストレート過ぎる……」


 急に両手で顔を隠した涼太郎の言葉に、晶矢は意味がわからず首を捻った。

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