第15話 夏休み初日⑦(本当の気持ち)★

https://youtu.be/VA2MqeqAxro

※このシーンで演奏している想定の楽曲です。聴きながら読むと雰囲気を楽しめます。



 涼太郎は伏せていた顔をあげて、晶矢の音に耳を傾けた。


「まずは、そうだな。名前、まだちゃんとお前の口から聞いてなかった。名前は?」


 晶矢が優しくギターを弾きながらそう言うと、涼太郎は戸惑いながらも小さな声で答える。


「……花咲涼太郎、です……」


 やっと本人の口から名前が聞けて、晶矢は少し嬉しくなった。どんどんと質問を続ける。


「好きな食べ物は?」

「えっ……と……梅干し?」

「は? マジかよ。俺はラーメンかな。じゃあ好きな動物は?」

「……犬……猫も好き、です」

「俺も。両方かわいいよな。そしたら次は……好きな色」

「あ、青とか……」

「いいね、空と海の色。じゃあ……」


 好きな教科、好きなスポーツ、晶矢は次から次に、涼太郎に取り止めのない質問をしていく。


「そうだ、趣味とかある?」

「……えっと、ひ、一人カラオケ」

「えっそれは気になる。今度絶対一緒に行こうぜ。約束な」


 涼太郎のカラオケは、是非聴いてみたい。


「あーそういえば、この間なんでキャベツ持ってたの?」


 晶矢はここで少し意地悪な質問をしてみた。


「ななな…なんで……! き、気づいてたの……⁉︎ そ、それは……お好み焼きに使うから、頼まれて……」


 恥ずかしそうにあわあわと焦っている涼太郎の反応が面白くて、晶矢はつい吹き出して笑ってしまった。


「あっははっ。ごめんごめん」

「……うう……」


 後ろから恨めしそうな声が聞こえるので、晶矢は話題を変える。


「じゃあ次。誕生日は?」

「……一月三日」

「俺の方が先か。俺は九月三日。血液型は……ちょっと待って。俺当てる」


 晶矢がうーん、と少し考えてから、


「Oだろ?」


 と言うと、涼太郎はちょっと驚いた顔をして「うん」と頷いた。


「やっぱりな」と得意げに笑っている晶矢の後ろ姿を見て、涼太郎は不思議な気持ちになっていた。


 晶矢の奏でる優しい音がそうさせるのか、さっきまで動揺して焦っていた心がだんだんと落ち着いていた。

 それどころか、普段は絶対に人とまともに会話できない自分が、こうして晶矢と話せている。


 自分の恥ずかしいところや、ダメなところを晶矢にはたくさん見られてしまったのに。

 聴こえてくる音色と、他愛無い会話が、心地良いと感じていた。


 この人の音に、どうしても耳を傾けてしまう。


 もっと聴きたくなってしまう。


(たぶん僕は……この人の音楽が……)



「音楽好き?」


 晶矢がこのタイミングでそう聞いてきたので、涼太郎は驚いた。

 自分の心を何だか見透かされているような気がする。


「……好き、だよ」


 涼太郎は晶矢の背中を見つめながら、泣きそうな顔で肯定した。


「歌うのも好きだよな?」


 晶矢は、涼太郎に確かめるように問いかける。


「……うん」

「そっか」


 涼太郎のその答えを待っていたかように、晶矢のギターが鳴り止んだ。


 そして、晶矢は涼太郎の方を振り返って、今度は涼太郎の目をしっかり見つめて言った。


「涼太郎。俺と、やらない?」


 晶矢に初めて名前を呼ばれて、涼太郎の心臓がどくりと跳ねた。

 その強い真っ直ぐな眼差しから、目が逸せない。

 胸がざわついている。


「……好きな、こと?」

「そうだよ」


 晶矢は頷いてにっこりと笑った。


「涼太郎は歌。俺はギター。好きなこと、二人でやろうぜ」


 そう言われて涼太郎は、晶矢との二回のセッションを思い出した。

 あの時の高揚感、臨場感。胸に迫る喜びと感動。

 一人で歌っていた時は全て感じたことのないものだった。晶矢と一緒だからこそ感じることができたのだ。


 初めて会ったあの日から、晶矢の音を、ずっと忘れられない。


「僕は、人前じゃ、歌えないんだ……怖くて」

「うん」


 涼太郎がゆっくりと一語ずつ区切りながら話す言葉を、晶矢は正面から受け止める。


「でも……晶矢くんの、隣なら、歌えた」


 ちゃんと自分を見て、思いの丈を話してくれる涼太郎に、晶矢は初めて名前を呼ばれて、少し耳がくすぐったかった。


 晶矢は聞きたかったことを尋ねる。


「あの時楽しかった?」

「……うん」

「だよな。俺も楽しかった」


 じゃあ、と晶矢は最終的な意思確認の意味合いを込めて、涼太郎に問いかけた。


「俺とやろうぜ、音楽」


 晶矢のその一言で、涼太郎の心の中に、モヤの様に渦巻いていた恐怖や羞恥心が一気に晴れて、本心が晒される。


(やりたい。晶矢くんと、音楽を)


 自分の本当の気持ちを嫌と言うほど思い知って、もう抗えなかった。


「うん」


 涼太郎は、はっきりと自分の意思を伝えるように、ゆっくりと頷いた。

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