第14話 夏休み初日⑥(時が止まった二人)

 二人は時が止まったかの様に、見つめあったまま固まる。


 涼太郎は寝起きで完全に思考が停止していて、目の前にあのギターの男子生徒がいると言うことに、理解が追いつかない。


(あれ、夢? 何でこの人が……って、ここどこ? 僕の部屋?)



 晶矢は驚きのあまり、涼太郎のおでこに触れた姿勢のまま動けない。


(おいおいなんだよこれ、普通にずいぞ。このタイミングで起きるのかよ)



 段々意識がはっきりして来て、状況を確認し理解していくごとに、涼太郎は目を見開いて顔が蒼白になっていく。


(あ、やばい)


 晶矢は、涼太郎が息を呑んで口を開けた瞬間、咄嗟に涼太郎の口元を塞いだ。


 声にならない涼太郎の叫び声が、部屋の中に響き渡った。




「ななな、なんで、いるの……⁈」


「あの、ちょっと落ち着いて聞いてほしい」


 この状況で落ち着けと言うのもおかしいし無理な話だが、とりあえず本当に落ち着いてほしい。


 涼太郎はベッドの隅に逃げて震えている。


「いや、ごめん。あの、お前が寝てるなら俺は帰るって言ったんだけど。お前のじいさんが……」


 晶矢は、重治郎に部屋に招き入れられた挙句置いていかれたことを説明する。


「お前に断りもなく勝手に部屋に入ったのは悪かった」

「どどど、どうして、僕の家……」


 涼太郎はもう涙目になっている。


「ああ。それは、これ」


 晶矢がズボンのポケットの中から、黒いものを取り出した。生徒手帳だった。


「昨日、落としてったから。届けてあげようと思って」


 晶矢が手帳を涼太郎に差し出すと、涼太郎は「ひゃああ」と叫びながら慌てて奪う様に受け取った。


「ななな……なか、もしかして、な、中見た……?」


 晶矢は正直に答えた。


「見た。見なきゃ誰のか分かんないしな」


 涼太郎は、絶望した表情になってベッドに突っ伏した。



 生徒手帳の中には、住所や名前の記載欄の他に、メモが書ける白紙ページがある。

 手帳を拾ってパラパラめくった時に、そこに何かが書かれているのに気づいて、晶矢は見てしまった。


「お前、詩とか書いたりするんだな」

「わあああーーーー」


 晶矢がそう言い終わらないうちに、涼太郎が耳を塞ぎながら叫び声を被せてくる。


 涼太郎は一人でいる時間が多いため、よく考え事をしていて、その時心の中で思ったことや感じたことを、ノートやメモに、詩のように書きとめるのだ。趣味というか、癖のようになっていた。


 誰にも見られないと思って、生徒手帳のメモ欄にもいくつか詩を書いてしまった。それをまさか、よりによってこの人に見られてしまうなんて。


 初めて会った日から今日までのこの短期間で、晶矢に様々な醜態を晒し過ぎて、涼太郎は余りの恥ずかしさに穴があったら入りたかった。


「うーん、お前の詩、良いと思うけどな」


 涼太郎が一人布団をかぶって悶絶している横で、晶矢がはっきりとした口調で言う。


「この間、俺の曲に即興で付けてくれた歌詞も、めっちゃ良かったけど」


 そう言ってケースからギターを取り出すと、あまり音を出さないように、晶矢は指腹で弦を優しく弾いた。


「……え?」


 晶矢に言われた言葉と、その後聴こえてきたギターの音に反応して、涼太郎は布団から少し顔を覗かせる。


「ここアパートだし、大きい音鳴らすと近所迷惑だから……これくらいなら大丈夫かな」


 晶矢はベッドにもたれて座り直した。


「ちょっと、まあ一旦お互い落ち着こう。俺、お前の話を聞きたくて来たんだって」


 このままじゃ埒があかないし。

 晶矢はそう言うと、なるべく小さな音を意識して、柔らかなアルペジオを奏で始めた。


「俺、インタビュー兼BGM係。とりあえず、俺が質問するから答えてくれれば良いから。OK?」

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