第13話 夏休み初日⑤(涼太郎の部屋-晶矢視点-)
いや、この状況。大丈夫か。
俺は背徳感に苛まれていた。
寝ている人の部屋に勝手に入ってしまった。
いや、正確には入れられてしまったのだが。
(どうすんだ、これ)
つい十日ほど前に出会ったばかりで、名前すら本人の口から聞けなかったほどのコミュ障のやつの部屋に、よく知らない人間の俺が、起きたらいる状況。
(いや、普通にダメだろ)
しかも二度も眼前から逃げられてる俺だ。
目が覚めたら大声で叫ばれるか、失神くらいしかねない。
先ほど涼太郎の部屋の前で、ふすまを開けたはいいものの。
涼太郎が寝ていて、部屋の前で入るに入れず、途方に暮れていたら、涼太郎の祖父がコップに入ったお茶二つをお盆に乗せて戻ってきた。
「なんじゃ寝とったんか。おい、涼太郎!」
涼太郎の祖父が何度か涼太郎に声を掛けたり、ゆすったりしたが、心配になるぐらい全く起きなかった。
「この子は一度寝るとなかなか起きんからなあ」
俺は、それならまた出直す、と言ったのだが。
「まあまあ、そのうち目を覚ますから。起きんときは無理にでも起こしてもいいから」
そう言いながら涼太郎の祖父は俺を部屋に押し込んで、
「起きるまで、側にいてやってくれ」
笑ってそう言うと、本人は
いや、ほんとにいいのだろうか。
見ず知らずの俺を家に入れて、寝てる孫の部屋に放置して出かけるなんて。
しかもその孫は、かなりのコミュ障で、俺のこと、もしかすると嫌ってるか、怖がっているかも知れないのだが。
だからと言って、こいつが寝てる間に勝手に帰って、鍵を開けたまま放置するのも防犯的に怖い。
(お前んちのセキュリティどうなってんだよ)
ただ、涼太郎の祖父が、去り際に言った言葉が何となく気になった。
『側にいてやってくれ』
涼太郎が起きるまで、帰るに帰れなくなってしまった。
涼太郎の部屋は、典型的な和室で畳敷きだった。部屋の中は物も少なくシンプルで、ちゃんと整理整頓されている。
調度品の色合いも白かグレーのものが多く、落ち着いた雰囲気だ。
(俺の部屋よりきれいにしてるなあ)
脳内で自分の部屋と比較してみる。
帰ったら自分の部屋をちょっと片付けようと思った。
網戸にして開けた窓から、生温い風がそよそよと入り、カーテンを揺らしている。
部屋の中にエアコンはあるが電源は入っていない。代わりに型の古そうな年季の入った扇風機が、ベッドの横でカタカタと音を立てながら首振りして回っていた。
家具は勉強机と本棚、ベッドと、その横に小さなテーブル机があるだけ。本棚の本は、参考書と辞書、文庫本などが並んでいる。
服は制服といくつかシャツが壁に掛けてあるが、他は押し入れか何処かにしまってあるのだろう。
ひとしきり部屋を見渡した後、俺はベッド横の畳に座り、先程涼太郎の祖父が持って来てくれたコップのお茶を一気に飲み干した。
喉が渇いていたので、氷の入ったお茶が冷たくておいしかった。
(しかし、よく寝るなぁ)
涼太郎は気持ちよさそうにまだ寝ている。
そういえば、メガネをはずした涼太郎の素顔をまともに見たのは初めてだった。
こうして無防備な寝顔を見ると、まだ少年のようなあどけない面影もある。
(意外とまつ毛長いな)
あと、いつも分厚いメガネともっさりした前髪で全く分からなかったが、むかつくことに顔がいい。
なんだ。本当はこんな顔してたんだな。
(おでこ出したらいいんじゃね?)
中々起きないことをいいことに、俺は涼太郎の前髪を上げてみた。
――パチリ。
その瞬間、急に目が合った。
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