第12話 夏休み初日④(晶矢と重治郎)

 夏休みが始まった。


 じりじりと照りつけるような日差しの中を、晶矢はギターを背負って歩いている。


(暑いな……海行きてー)


 夏休み初日。

 昨日拾った生徒手帳に書かれた住所を、早速訪ねてみようと家を出てから十分。

 意外と自分の家から近くだな、と思って歩いて来たはいいものの、本格的な夏のうだるような暑さにやられそうで、自転車でくれば良かったと後悔した。

 額から汗が一筋流れ落ちる。Tシャツにも汗が滲んだ。


(ここかな?)


 青い空の下、団地の白い壁が日差しに反射して眩しい。

 晶矢は、その何棟かある中のひとつの建物に入ると、階段を登った。

 部屋番号を確かめながら、コの字型に曲がった廊下の先まで行くと、一番奥に該当の部屋があった。玄関ドアの横に『花咲はなさき』と書かれた表札がある。


(ここだな。あいつ、いるかな)


 晶矢はインターホンを押してみようと手を伸ばした。


 その時、突然ガチャリと玄関の扉が開いた。


「あれ?」

「うわっ」


 晶矢は驚いて思わず仰け反る。

 中から出てきたのは、ちょうど出掛けようとしていた涼太郎の祖父・重治郎だった。


「ん? お前さんは?」


 重治郎が目を丸くして、晶矢を凝視している。


「あっ……こんにちは」


 かなり驚いて心臓がバクバクしているが、晶矢は何とか姿勢を立て直し、平静を保ちながら、重治郎に挨拶をした。


「俺は、穂高晶矢ほだかあきやといいます。N高校の二年生です。涼太郎くんに、ちょっと用事、というか……会いたくて」

「おお、涼太郎と同じ学校の……」


 真っ直ぐな目をしてちゃんと挨拶をしてくる晶矢に、重治郎は感心しながら「よう来たね」と挨拶を返す。

 涼太郎を訪ねて家に来る友達はもちろん、同級生や知り合いなども、もう何年もいない。

 涼太郎が内気で、人付き合いが苦手なのは分かってはいたが、そんな涼太郎の寂しすぎる環境を、年老いた自分ではどうすることもできず、重治郎はずっと歯痒はがゆく思っていたところだった。


「今、涼太郎くん、いますか?」


 重治郎はにっこりして頷く。


「おるよ。部屋で勉強するといっとったが。穂高くん、じゃったかな。上がってくか?」

「えっ、いいんですか?」


 重治郎は、晶矢が涼太郎に会いに来てくれたことが嬉しくて、晶矢を玄関に招き入れる。「ほれ、遠慮せずに」と言いながら手招きする重治郎に、晶矢は戸惑いながらも「お邪魔します……」と言いおずおずと中に入った。



 中は、昔ながらのこじんまりとした団地の作りで、どこか懐かしい感じがした。

 壁紙、建具は少し古びてはいるが、きれいに使っているのだろう。年季を感じる割には、清潔感があった。


(いいのかな。まだあいつとはほとんど初対面みたいなものなんだけど……)


 急に部屋まで来たら、驚いて卒倒しないだろうか。心配だった。


 晶矢は拍子抜けしつつも、少し緊張しながら、重治郎の案内で廊下を進む。

 廊下を入って右側の部屋の前までくると、重治郎が立ち止まって言った。


「この部屋におるよ」


 いま冷たいお茶でも持ってくから、そう言われて晶矢は、重治郎に廊下に置いていかれてしまった。


(えっ、ちょっと、どうすれば)


 晶矢は急に置いてけぼりをくらって焦る。


(しょうがない……)


「おーい、こんにちは」


 とりあえず、晶矢は中に声をかけて、片引き戸のふすまをノックしてみる。が、返事はない。


(もしかしていない?)


 相手の返事がないまま開けるのは気が引ける。

 開けてもいいのか、少し躊躇ったが、廊下で待っていても仕方ない。ふすまを少しだけ開けて中を覗いてみた。


 正面に机があるのが見えるが、そこにはいない。

 少し視線をずらすとベッドが見えた。


(あ、いた……)


 すると、ベッドの上で小さくなってすやすや眠っている、涼太郎がいた。

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