第11話 夏休み初日③(朝ごはん)
涼太郎は、その後いつもより急ぎ足で、ムサシとの散歩を終えて、原田さんのお宅へ帰ってきた。
「いつもより遅かったわねぇ。何かあった?」
急いで帰ってきたものの、既に時刻は七時を回ってしまっていた。
ムサシはさすがに喉が渇いたのか、原田さんが皿に用意していた水を、勢いよく飲んでいる。
「す、すみません……他の方のわんちゃんが、逃げて行っちゃって……捕まえる手伝いを……」
急いだせいか汗だくになった涼太郎は、タオルで汗を拭きながら
「と、とてもいい子で……ちゃんと、戻って来てくれたので……」
「まあそれは良かった! 涼太郎くんも、頑張ったわね。はいどうぞ」
原田さんが冷えたスポーツドリンクを渡してくれる。
「あ、ありがとう、ございます」
涼太郎はありがたく受け取って、次の散歩の日程を原田さんに聞いた。
それから、水を飲んで満足したムサシを「じゃあ、またね」とひとしきり撫で回してから、帰途に着く。
「ただいまー」
涼太郎が家に帰り着くと、台所から祖父・
「おう、帰ったか。ちょうど朝飯、出来とるぞ」
「ありがとう、じいちゃん」
味噌汁のいい匂いがする。
朝から早起きして運動したからかお腹がぺこぺこだ。涼太郎は手を洗ってから、目玉焼きを焼いている重治郎の横で、炊き立てのご飯を仏器に盛って、淹れたてのお茶と一緒に仏壇に供える。
(ご先祖様、ばあちゃん、おはようございます)
涼太郎はお線香をあげて手を合わせると、自分たちのご飯と味噌汁を二人分よそって、食卓へ並べた。
「原田さんが、じいちゃんによろしくって」
「毎週のように会っとるのに、律儀だの」
重治郎がきゅうりの浅漬けを食べながら言う。確かに、祖父と原田さんは同じ町内の老人会の集まりで、しょっちゅう会っている仲だ。
「今日も公民館?」
涼太郎がご飯の最後の一口を食べ終えて聞く。
「このあとな。あそこは涼しいからな」
多分、老人クラブの麻雀だろうな、と涼太郎は思いながら、「ごちそうさま」と言って食器を片付ける。
「お前は今日から夏休みか。友達と海に行ったりせんのか」
「はは、海暑いから行かないかな……」
もう何年も前から、涼太郎に友達がいる気配がない。普段から誰かと遊んだり、友達が家に訪ねてきたりする様子もないのは重治郎も気づいている。だが、重治郎に心配をかけまいとしているのか、友達のことを聞くと涼太郎はいつも笑って誤魔化すのだ。
食器を洗いながら曖昧に笑った涼太郎の背中を見つめて、重治郎は涼太郎に聞こえないくらいの、小さなため息をついた。
朝食を食べ終えた後、汗をかいて気持ち悪かったので、涼太郎はさっとシャワーを浴びて汗を流した。さっぱりしてリビングに戻ると、重治郎が着替えて出かける準備をしている。
「今日帰り遅い? 夕飯どうする?」
「食べて帰るかもな。今日は長丁場になる予感がする」
そう言って麻雀牌を持つ仕草をする重治郎に、涼太郎は苦笑いした。
「分かった。じゃあ僕、部屋で宿題やってるから」
出かける時鍵掛けといてね、と言いながら、涼太郎は自分の部屋に戻った。
学校から夏休みの課題が、それなりに出されている。
悲しいかな、毎年夏休みの間、習い事も部活もやっていない涼太郎は、犬の散歩の手伝い以外特に予定もないので、宿題を早々に終わらせてしまう。
あとは図書館に行って自習したり、本を読んだり、たまにヒトカラに行ったりして、一人でのんびり過ごすのだ。
早速机に向かって、課題を開いたものの。
早起きして運動して、お腹いっぱいになって、体もさっぱりしたからか、数問解いたところで、少し眠くなってきてしまった。
朝から人と接することが多かったので、ちょっと疲れてしまったのかもしれない。
(うーん、ダメだ。眠い)
涼太郎は少しだけ寝ようと、メガネを外してベッドに横になると、すぐに寝落ちしてしまった。
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