第7話 終業式の帰り道

「とりあえず、お前がちゃんと実在してて良かった」


 今もの凄くホッとしてる、と晶矢は続ける。


「正直、あの時夢でも見たのかと思い始めてた。余りにもお前に会えなさすぎて」


 歩道の下の田んぼの青い葉が、爽やかな風に波打っている。

 学校から家までの道のりは、華やかな駅方面とは逆方向で、民家や田畑が混在している地域だ。


 歩いているとどこからか蝉の鳴き声がして、また夏が一段と近付いて来たのを感じる。


 晶矢は涼太郎から視線を外して、わざと前を見て話した。

 涼太郎は晶矢に何かされるのでは、と最初はビクビクしていたものの、晶矢がこちらを見ないようにしてくれているのが分かり、淡々と話す晶矢の声音に、少し安心して黙って耳を傾けている。


「同じ学校の制服だから、すぐ見つけられると思ったんだけどさ。まさかの隣のクラスかよ。この一週間、学校中すげー探したわ」


 晶矢は肩を揺らして自虐的に笑った。


「全クラスほぼ回ったんだぜ。なのに、お前全然居なくて焦った」


(何で、僕なんかを、そんなに探して……)


 何だか胸がそわそわして、涼太郎は節目がちに晶矢に目線を向ける。


「もう一度会いたいと思ってさ」


 晶矢は、涼太郎の心の声に答えるかの様に、遠くの雲の群れを見つめて言った。

 人の顔を見るのが苦手な涼太郎だが、今は晶矢の横顔から目が逸らせなかった。


「今日また会えて、本当に良かったよ」


 晶矢が心底ホッとした様に笑う。

 その笑顔を見て、涼太郎は自分も安堵していることに気がついた。


(あれ? もしかして僕も……)


 涼太郎は晶矢に会うのが怖いと思っていた。だから会いたくないと思い込んでいた。

 けれど今、涼太郎の心を満たしている気持ちはそれと矛盾している。


(僕も、本当はこの人に会いたかったんだ……)


 怖いけど、会いたかった。


 涼太郎はそのことに気づいて心底驚いていた。

 また会えて良かったと言われ、何だか嬉しくて泣きそうになっている。

 涼太郎は自分の気持ちが信じられなかった。


「どうしてもお前に会いたかった理由があってさ」


 いつの間にか晶矢たちは、あの日二人が出会った公園の所まで来ていた。

 遊具のない広い空間と、ベンチがポツポツ置いてあるだけの、普段からひと気の少ない公園だ。


 一週間前、初めて出会い、二人で音楽を奏でた場所。


 晶矢が「ちょっとこっち来て」と公園の中へと入っていくので、涼太郎もとりあえず恐る恐る着いていく。

 晶矢は涼太郎に、少し古びた横長のベンチに座る様に促すと、自分も隣に並んで座った。


が出来たんだけど、聴いてくれる?」


 晶矢はそう言うと、鞄から一冊のノートを取り出して、ページを開いて二人の間に置いた。


 涼太郎は、今晶矢に言われた言葉がすぐに理解できなかった。

 置かれたノートを見ると譜面だった。コードや音符が丁寧に書き込んである。


(今、なんて……?)


 呆然としている涼太郎の横で、晶矢はギターケースの中から、アコースティックギターを取り出すと、弦を一つずつ鳴らして、調律しながら言った。


「この間、お前が居なくなった後、ここで作った曲。お前の歌を聴いて生まれた、お前のための曲だから、聴いてほしいんだけど……いい?」


 涼太郎は驚いて「ふえっ?」と上擦った変な声で聞き返してしまった。


(僕のための、曲……⁉︎)


「とりあえず、聴いて。聴くだけでいいから」


 晶矢は、そう言ってギターを奏で始めた。


 キラキラとした晶矢の音色が、辺りに響き渡る。


 涼太郎は、その旋律が耳から身体の中へ浸透するみたいな、不思議な感覚がして、思わず身震いした。

 晶矢の爪弾く音を、体中の全神経が追いかける。音に集中していくのが分かる。


(ああ……綺麗だな……)


 あの時の様に、音色が光り輝いている様に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る