第6話 再会した二人
七月二十日。金曜日。
あの日からちょうど一週間が経った。
一週間前の夕暮れに出会った、同じ学校の制服で、少し癖っ毛のあるもっさりとした黒髪の、メガネをかけた歌う男子生徒。
あれから休み時間や放課後に、一年生のクラスを回って、二年、三年のクラスも覗いたりしてみたが、いまだにその生徒を見つけられていない。
今日はもう終業式だと言うのに。
(なんでいねえんだよ)
もしかして、本当に幽霊か幻かを見ていたのか。これだけ探し回っても居ないとなると、いよいよ自分の頭を疑いたくなってくる。
そもそも、何故そうまでして『あいつ』に会いたいのか。会ったところでどうするのか。
自分の曲を聴いてほしい、歌ってほしいなんて、相手にとっては押し付けで迷惑かもしれない。
でも、せめてもう一度だけ会って、あの日の出来事がちゃんと現実だったと、確かめたかった。
しかし、今日も一日あちこち探して回ったが、見つけられなかった。
明日からもう夏休みが始まる。
そうしたら、探すのは夏休み明けになってしまう。だから晶矢は焦っていた。
帰りのホームルームが終わると、晶矢は急いで帰り支度をした。
校門のあたりを張っていれば、帰る生徒たちの中にいるかもしれない。
そう思って教室を出たところで、隣のクラスからするりと出てきた黒い人影とぶつかった。
「あ、ごめん」
咄嗟に晶矢が謝るのとほぼ同時に、「ごめんなさい」という蚊の鳴くような小さな声が聞こえて、
晶矢はその『声』を聴いた瞬間、背筋が一気にぞわりとした。
(この声は――)
「ちょっと待て!」
思わず晶矢は、いわゆる壁ドンのような形で、その人物の行手を阻んでいた。
「うぶっ」
晶矢の腕に顔をぶつけて、その影は唸り声を上げる。一瞬何が起こったのか分からず、困惑した人影は思わず顔を上げた。
二人の目線が合った。
すると鮮烈なデジャヴが目の前をよぎった。
あの時と同じだ。
初めて顔を合わせたあの時と同じ。
「「あっ」」
そして二人とも同時に驚嘆の声を上げた。
一週間前の夕暮れに出会った、同じ学校の制服の、真っ直ぐな目をした、ギターを奏でる男子生徒。
会いたくないと思っていた人物が、今目の前に現れたからだ。
(どどどど、どうして、なんで……)
ここ一週間は、学校で彼に遭遇しないか怖くてしかたなかった。
いつも以上に息を潜めて過ごしてきたが、結局彼には会うこともなく、もうすぐ夏休みに入るからと少し安心していた。
大混乱してパニックになっている涼太郎をよそに、晶矢は涼太郎を壁ドンしながら言った。
「ちょっと付き合ってくれる?」
晶矢の有無を言わさない笑顔が怖かった。
晶矢は涼太郎の腕を逃げられない様にがっちり掴んで、引っ張りながら、廊下を進んでいく。
(か、帰りたい……)
半泣きの涼太郎は、どこへ連れて行かれるのか気が気ではない。
(まさか、隣のクラスの人だったなんて……)
涼太郎は人と視線を合わせるのがとにかく苦手で、同じクラスの人の顔ですら覚えていないくらいだ。
他のクラスの人なんてもっと覚えていない。
もしかすると晶矢とは学校で何度もすれ違っていたのかも知れないが、涼太郎が大抵
二人が向かった先は、音楽室の隣、音楽準備室だった。晶矢はポケットから鍵を取り出して、鍵を開けると「ちょっとここで待ってて」と涼太郎に念を押して、扉を開けて中に入った。
「家じゃ弾けないから、音楽の山下先生に頼んで置かせてもらってるんだ」
晶矢はそういうと、準備室の奥に置いてある黒色のギターケースを持って肩に担いだ。
準備室の鍵を締めると、再び晶矢は涼太郎の腕を掴んで歩き出す。涼太郎は堪らず、晶矢に恐る恐る声をかけた。
「あああ、あの、すみません……僕、か、帰りたいんですけど」
「うん、一緒に帰ろうか」
晶矢は振り返って、またも有無を言わさない笑顔で答えた。
学校の校門を出て二人が歩き出したのは、あの公園の方角だった。
「家こっちで合ってる? 俺もこっちなんだけど」
と晶矢に聞かれ、涼太郎は小さい声で「はい……」と答えるしかない。
「俺、二年二組の穂高晶矢。お前は?」
並んで歩きながら晶矢が涼太郎に尋ねる。
いつも一人で帰っている涼太郎は、誰かと一緒に帰るなんて初めてで、何を話していいか分からず、緊張して硬直していた。
何も答えられず表情が固まっている涼太郎の様子を見て、晶矢が言った。
「お前、もしかして、人と話すの苦手?」
晶矢の方を見ることもできない涼太郎は、
「うーん、分かった。じゃあとりあえず、俺が勝手に話すから、ただ聞いといて」
そう言って、晶矢は一人で話し始めた。
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