第2話 虚偽と真実 探偵と助手

どのくらいの時間泣いていたのだろうか。

涙も枯れ果てて、まぶたの重みを感じる。


完全に真っ暗になり静まり返った部屋に座り込み、

私はただ暗闇を見つめていた。

鋭い心の痛みは感じるが、頭はぼんやりとしている。


「少し落ち着いたかい?」


突然透き通った優しい青年の声が、近くで聞こえた。

私は重い頭で周囲を見渡すが、人の気配は感じない。


「びっくりさせたかな?僕は実体を伴わないから、周囲を見渡しても無駄さ。」

悪戯っぽく、青年が続ける。

ということは、私が作り出した幻聴か?

自分はそれほどまでに精神的にダメージを受けたのか…


「落ち着いたというか、泣きすぎて思考が停止してるだけ。」

私は何を思ったのか、この声に半ば捨て鉢で答える。


「そうだね。これだけ長時間泣いていたら。そうなるね。」

少し笑みを含んだ声で答えが返ってくる。

そして青年は続ける。

「君は突然振られて、その理由を知りたいと考えているんだね。」


「それは…そうでしょう。理由もなく、わかりました別れましょうなんて

あっさり言えるわけない。納得できない。」

ずけずけと踏み込んでくる青年に私は少し苛立ちを覚える。


「それはそうだよね。」

私の八つ当たりも意に関せず、先ほどの柔らかい調子で返事が返ってくる。

「でもさ。」 


少しの間。


「その理由を知る術を君は持っているんじゃないかい?

それかもしくは、薄々気づいていたのかも。」


その言葉を聞き、私の心臓はまた一つ大きくどくんと脈打つ。


「何を言って…」


私が少し狼狽えたその時、暗闇の中で小さな光がパッと輝いた。

携帯の画面だ。手が小刻みに震える。

私はその光に手を伸ばし、携帯を操作し無意識にSNSを開く。



昔彼がSNSから一度写真を見せてくれたことがあった。

フォローこそしていないが、その時のアカウントを私は知っている。

SNSに掲載された写真。最近の投稿を見る。


「今日は妻と一緒に建築途中の家を見学。来年にはできそうだ。」


何かが音を立てて崩れ落ちていく気がした。

騙されていた。一番信頼していたのに。


頭に血が上り、再びどっと押し寄せる感情の奔流にくらくらする。

悲しみとそして怒り。


私と彼が付き合った時、私は彼に相手がいないことは確認していた。

なぜ確認したか?

それは相手に何か不安な部分を感じ取っていたからではないだろうか?

一緒にいても、いつも心のどこかで不安と胸騒ぎを感じていた。


でも、見て見ないふりをしていたのではないだろうか?

自分は信じたかったから。

自分にとって都合の良い夢の中で、ぬくぬくと現実を見ずに過ごしていたかったから。


「ごめんね。でも現実を見ずにはこの謎は解けないから。」

打ちひしがれる私に、青年は声をかける。


「謎?」

私はあり得ないというように、ややきつい口調で聞き返す。


「謎なんてない。これが真実で、事件の全て。

ろくでもない男に引っかかって、殺された。

若くて経験もなくて、さぞ騙しやすかったと思うわ。」


堰を切ったように言葉が出てくる。


「そうね。あなたのいう通り。きっとどこかでわかっていたのかも。

この人は信用してはいけないって。

でも信じたかった…馬鹿みたい。」


自分が吐き出した言葉で、さらに自分を傷つける。


姿は見えないが、そんな私をやや悲しそうに青年は見つめている気がした。


「確かに殺人犯は彼かもしれないね。でも本当にそれだけなのかな?」

「それは…どういう意味?」


私は困惑しながら青年に尋ねる。

これ以上何があるというのか。


「さてね。何かあるかもしれないし、何もないかもしれない。

ただ、真実を探し当てられるのは君しかいない。」


どうする?と言った口調で青年は返してくる。


もうどろどろしたものはたくさん見た。

心は疲れて、思考を放棄したがっている。

でも、また心のどこかで向きあわなきゃいけないとも訴えかけられている。


「ここで未解決にすると、君は一生後悔するかもしれないよ。」


青年は畳み掛けるように話す。


私はふーっと長く息を吐いた。今までのどろどろを一旦リセットするかのように。

「わかった。何をしたらいいの?」

私は答えた。

今回は私の心の声を素直に聞くことにした。2度と同じ轍を踏まないために。


そう来なくちゃとばかりに、青年の笑う声が聞こえる。

「じゃあ、まずは被害者の身元の確認からだ。

僕はそうだな。君が探偵なら、助手のワトソンとでも名乗っておこうかな。」


聞いてないし。なんだその設定。

私は呆れながらも、少し口元が緩むのを感じた。


ワトソンは囁く。

「君の話を聞かせてよ。」


こうして私の長い夜が始まった。



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「私」という最大の謎について @tyun15

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