第1話 事件当日

12月12日。昨晩はらはらと降った雪が道路をふんわりと覆い隠す静かな朝。

昨晩の曇り空とは違い、空には輝く太陽と、澄み渡った青い空が広がっていた。


周囲の空気は冷たく、ストーブをつけていない部屋はひんやりとしている。

体温で暖まった布団のドームから這い出るのに私は苦戦していた。

何をするでもなく、ぐずぐずと布団の中で丸まり、枕元に置いてあった携帯に手を伸ばす。


新着メッセージはなし。


なんとなく胸のざわめきを感じながら、ベットから脱出し、別の部屋にあるストーブをつけに向かった。


1週間前。彼氏にクリスマスの予定を確認するメッセージを送った。

彼からはすぐに「当日は仕事があるので、会えなさそう。予定がわかったら連絡する」と返事があった。

そこから音沙汰なし。


今日は休日。特に予定もなく、携帯の画面を何度も確認しながら、顔を洗い、朝ごはんを食べ、朝の支度を済ます。

一人暮らしで誰に気を使うこともない。身体は家事をこなし、心は携帯電話にとらわれながら、1日を過ごしていた。


----------------------------------------------------------------


彼は会社の同僚で、歳の離れた直属の上司だった。

会社に入った頃、右も左もわからず、慣れない頃は随分と叱られた。

「本当に仕事できないね」と言われることもあった。

でも、慣れてきて仕事で成果をあげると、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれて、褒めてもらえた。お祝いに高価なボールペンをプレゼントされ、私はとても心が弾んだのを憶えている。


それからは彼に認めてもらいたくて、ただそのために仕事を頑張った。


ある夜、直属の上司から異動する話を聞き、寂しくて心細くて泣く私に、彼はそっとキスをした。そこからの関係だ。


----------------------------------------------------------------



雑務をこなしているうちにあっという間に日はくれ、空は青から夕闇に染まりつつあった。夕飯の支度をしているうちに、携帯の画面が光っていることに気づいた。


新着メッセージ1件

画面をタップし、メッセージを開く。

私はそこに書かれたメッセージを見て、息を呑む。


「見合い話を進めることになった。君とはもう付き合えない」


心臓がぎゅっと掴まれ、氷の塊が心臓から全身に広がっていくように、血の気が引いていくのを感じた。

十分に暖まった部屋にいるはずなのに、寒い。

心臓の音がうるさい。


え。待ってよ。何?


私は急いで何度も彼に電話をかける。繋がらない。

「会って話したい」とメッセージを送るも、既読になるが返事は来ない。


何?いつどこで私は間違えたの?

私が何か悪いことをしたなら教えてよ。


床に力なく座り込み、目から涙が溢れ出る。

日が落ちて電気のつけていない部屋は、暗闇に染まる。


状況が理解できないまま、私は心臓を一突きにされ、殺されたのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る