第147話 ムデン連行
ムデンが一息つくとシリヴリンとブルが互いの頬を押し合うようにして走ってきた。我先にと競い合っていたのであろう。
「事件ですね!」
「お嬢様を泣かせたな!」
ムデンは爪を剥き出しに向かってくるブルをいとも簡単に投げ飛ばした。
「泣かせてはいない。保証する」
”いや、泣かせるは泣かせてるんでは”
ムデンはボーラの声を無視した。都合よくテレパス感度が遠くなるのだった。
ブルを魔法でひょいと持って、ムデンはテティスの前にブルを置いた。ブルは大きな目をうるませたあと、会いたかったですとほろほろと泣いた。
「大丈夫。私は無事よ」
「あの男が私とシレンツィオの匂いのついた外套を着ていましたー」
「そう、でしょうね」
テティスが言い淀む間に、シリヴリンはホーナーとキーオベンチを簀巻きにして運んでいった。簀巻きというといかにも本邦の専売特許のように聞こえるが、エルフの国では魔法を使わせないようにするためにアンチマジックベリー、本邦で言う便所草、または蛇草で編んだ筵で捕縛することが一般であった。
「悪事を全部吐かせてやります!」
ムデンは何も言わなかったとされる。なぜならウリナに意識を向けていたからである。
ウリナは前髪を神経質そうに弄りながら前に出ると、上目がちにムデンを見た。
「私のこと、分かるかしら」
綺麗な北アルバ語であった。アルバではより格調高いとされる言葉なのだが、現代では南北問題や融和問題の邪魔になると、綺麗とか格調高いという表現を避ける傾向にある。ただこの時代は、貴族は例外なく、たとえ南部貴族でも北アルバ語を喋っていた。
「分からないわけがないだろう」
ムデンは笑うと、ウリナの髪をくしゃくしゃにした。ウリナは複雑な、嬉しいような悔しいような顔をしたあと、ムデンに問うた。
「あなたを貴族にするわと私が宣言した時、あなたはなんと言った?」
「そうしなければいけないと言うことかと尋ねた」
「……ほ、本物みたいね。信じられないけど、ありえないけど!」
しかしウリナは嬉しそうであった。とんでもないことを考えていたからである。
「種族まで変わってしまうなんて、相変わらずのデタラメね」
「別になりたかったわけでもないんだがな」
「まあいいわ。種族まで変わったからにはもういいわよね。血が仮に繋がってても神様も許してくれるわ。私と結婚しなさいお父さん」
「そういうのは子供のうちに卒業しておくべきだな」
「完全犯罪は神をも許すと言ってるのよ」
ウリナがムデンに抱きつこうとすると、服の中から小さな手が出てきて、阻止した。ボーラだった。
「だれこの子」
「強いて言うならあなたの義母です!!」
ボーラが力強く言うと、皆が沈黙した。アルビオンでは笑い話をギャグというが、本来の意味は猿轡である。今がちょうど、それであった。全員が沈黙し、何を言ってるんだという顔でボーラを見た。
鼻息荒く、ムデンとウリナの間を滞空するボーラ。歩いてきたテティスによってぱちんと手を叩いて潰されて遠くに投げられた。
「意味はわかりませんでしたが、私があなたの義母です」
「全部わかってんじゃねえか」
ウリナの返しを聞いて、ムデンは思わず笑ってしまった。直後に厳しい視線にさらされる。本邦でいうなら雉も鳴かずば撃たれまいというやつである。
「ブル、この人はシレンツィオです」
ブルは宇宙でも見たかのような顔をしたあと、騒いだ。
「えー、匂いが違いますよ!?」
「そうなのだけど、心を読んだ感じだと間違いないの」
「えぇ……」
ブルはまだ疑っている。以心伝心の権能を持つ者が普通とは違う世界認識を持つように、獣人もまた、全然違う世界認識を持っていた。鋭い嗅覚や視覚を基礎とした認識である。なまじそれらが優れているがゆえに、信じることが出来ないようであった。
「なんでエルフになったの?」
「話せば長いんだがな」
「全部話してください。全部」
「そうだそうだ。テティスの言うとおりだ。あとあの羽妖精なんなん? 一m以下の女は抱かないとか言ってたくせに!」
「そのへんは変わってないんだが。本当に話が長くてな」
「おじさまは面倒くさがっています」
「知っている。だいたい目を離すと海に逃げる」
ムデンはウリナの言葉を聞いて表情を消すと、目を彷徨わせた。
「ブル、捕まえて」
「はい」
「まだ店をやってるんだが」
テティスは氷の笑みを浮かべた。実際のところ、抱きついてなんでおじさまじゃなくなっているのですかと、文句と文句を言いたかったのだ。性的な趣味嗜好をもう一度変えないといけないではないか。
人はそれを愛と呼ぶ。
ムデンは連行された。
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