第148話 ラペル・その後
/*/
金糸雀諸島の戦士、ラペルは投げ飛ばされて気を失っていたが、寒くなって目を冷ました。もう夕方だった。酒を飲んで大暴れしたのは良く覚えているのだが、店主には悪いことをした気がする。
あの時は、たしかに店主がシレンツィオだと確信できたのである。酒というものは恐ろしい。シレンツィオが屋台で店主などやっているわけがない。ひょっとしなくても途中で酒が回っていたのかもしれない。いやきっとそうだ。
とはいえ、楽しい、とても楽しい夢ではあった。何ならもう一度倒れこんで夢の続きを見たくなるほどに。
全身が痛い。後先考えずに大暴れするからだ。ラペルはそれでも顔を笑わせると、ついには声を立てて愉快そうに笑った。死ぬことばかりを考えていたのに、不思議なこともあったものである。憑き物が落ちたかのよう。
気づけば、心配そうに子供が二人、こちらを覗き込んでいた。屋台まで案内した子供だろうか。そんな気もする。
「大丈夫?」
「大丈夫ではないが気分はいい。ああ、骨は折れてないようだ。立ち上がれないのと全身の筋肉がやられているだけだ」
「重傷って言わない? それ?」
「言うかもしれんな。だが気分はいい。最高だ。酒なんかなくても今日は寝られそうだ」
子供たちは二人で話し合っている。悪い人じゃなさそうだし、ムデンさんも言っていたから、うんぬん。
自分の爽快な気分に比べてどうでも良かったので聞き流していたら、どうやら話がついたらしかった。ラペルは気安く尋ねた。
「それで、俺はどうなるんだ。身ぐるみでも剥がされるのか?」
「お風呂は週に一度だよ」
会話が成立していないと言うよりも、路地で生活していそうな身なりの割に、生き汚いところがなかった。ラペルは少しばかり顔をしかめた。自分の言い方が悪かったと思った。
「それは悪かったな。だがまあ、俺の方は自業自得だ。ほっといてくれても……」
「ムデンさんのいるところで野垂れ死にはないよ。羽妖精が飛んでくるし、何よりムデンさんがそんなことを許さない」
「ムデンって屋台の店主のことだろう? なんでまた」
「理由なんか多分ないよ。朝になれば太陽が昇るように、夜になれば星が瞬くように、ムデンさんはそうしているだけ。お金とか大人の事情とかはムデンさんには関係ない」
「そりゃ考えるだけで損ばかりの……あー不器用なやつっぽいな」
「星は損なんか考えないよ。多分太陽も」
「そうか。まあそうだな」
そう子供たちに信じさせるだけの男か。そんな男に喧嘩を売って悪かったな。いや、あれ。俺はそんな男を知っているぞ。そんなやつは世界に一人しかいないことも俺は知っている。ああ。今でもそう信じているとも。そんなやつが世界に何人もいたら女も困るだろうが男も困る。多分世界だって困るだろう。
一人、たった一人だけ、はびこる邪悪に世界がどうにも我慢ができなくなって生み出した決戦存在。
ラペルは目を眇めた。建物と建物の間、路地から見える細い空には星々が瞬いている。
間抜けなことに、ラペルは自分の目が再び見えることに今頃気付いてしまった。
もしかしなくても戦いながら俺は治療の魔法をかけられていたってか。だから魔法以外で俺とやりあってた?
ラペルはくつくつと笑うと、大声を張り上げた。
「よし分かった。悪いが世話になるぞ。まずは筋肉痛を治す」
「その後はどうするの」
「修行からやりなおすさ。次は魔法も使わせてやる」
「そうなんだ」
ちょうど子供たちが仲間を連れてきていた。
「ビー、人連れてきたぞ」
「この人を天幕へ」
「あいよ」
ラペルは子供たちに担架で運ばれ、天幕で一日過ごすことになる。絶対シレンツィオだよなあれ、と寝言を何度も言ったとされる。
ところで、ラペルを介抱したビーという子供は、肉爆弾になった娼婦が探していた子供と同名である。何分幼すぎるときに親と引き離されてしまったので、本人かどうか当人も今ひとつ分かっていないが、保護されたビーという子供たちの中では一番有名なビーとなっている。
彼はそのまま、ラペルについて行って武者修行をし、後年自称三人の父を持つ戦士を名乗って各地で大いに勇名を馳せることになる。
もう一つ脱線するならば、旧ルース王国からリアンにかけて、ビーという名前はつけない。その名をつけるとムデンが墓場から蘇ってしまうと広く信じられているからである。
逆にアルビオンではビーの名前は縁起が良いとされて幸薄そうな子や大病を患った子に良くつけられる名になった。三人の父の一人であるムデンが守護してくれるからと言われている。また同音のミツバチを祝福として、大旗戦争の後、新しく立てたられた王家の紋章とした。
次の更新予定
2024年12月24日 12:00
書籍2巻好評発売中:英雄その後のセカンドライフ 芝村裕吏 @sivamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。書籍2巻好評発売中:英雄その後のセカンドライフの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます