第146話 火球

 ムデンは攻撃に転じた。流れるような動きでラペルの腕と脚の隙間から間断なく短剣を投げていく。

「こんな攻撃など!」

 ホーナーは全身に埋め込まれた魔法陣を輝かせて炎の矢を連発させた。短剣を相殺して撃ち落としていく。

「俺を忘れられても困る!」

 ラペルが懐剣を抱くかのようにして体当たりを敢行した。ムデンは正面から受け止めたが、力負けして押され始める。懐剣が胸に刺さっていく。

「全員まとめて相手にしようとうぬぼれたのが貴様の敗因よ! シレンツィオ!!」

 ホーナーが叫んだ。ムデンはラペルと力比べしながら涼しげな口元を動かした。

「敗因を数えだしたらきりがない。俺の人生はいつでもそうだった。いつも勝てるとは思わなかったが、やるしかなかった。命を賭けた戦いというものはそういうものだ」

 ムデンはちらりとテティスを見て微笑んだ。

「だがこの俺には勝たねばならぬ理由がある! 俺を慕う子供たちのため! 俺を愛した女たちのため! 俺のために死んだすべての友のため、シレンツィオ・アガタは敗因なぞ考えるのをやめたのだ。勝たなければならないから勝ちに行く。ただそれだけだ」

 ムデンはこの時ラペルの力を上回った。魔法を使わず、歯を食いしばり、ただの意地で押し返した。

「おじさま……嘘……」

 テティスが呆然とつぶやいた。

 ムデンが長い髪を揺らした。

「ホーナー、天敵が来たぞ。邪悪な企みのことごとく、悪しき思いのことごとく、叩き潰すためにやってきた」

「望むところだ。もはや外交など知ったことか。ともに死のうぞ、シレンツィオ!」

 ホーナーは火球を出現させた。それは周囲数百mを一瞬で灰燼に帰す、小さな太陽を出現させる魔法であった。至近距離で放てば術師もただではすまぬ。

 だがキーオベンチを片腕に抱いたホーナーは、もはやそんなことを気にしてはいなかった。

「短剣は終わりのようだな、シレンツィオ。では死ね! 続きは地獄でやりあおうぞ!」

「断る。帰りを待つ女がいるんでな」

 ムデンはラペルを投げ飛ばすと、屋台の横にあって積まれている水桶の中に手を突っ込んだ。当時、すべての屋台には火事のための水桶を四段一二個積むことが義務づけられていたのである。

「湖の乙女よ。霜の巨人よ。俺はまだ、お前たちが微笑むに足りる男だろうか。そうならお前たちを忘れぬ俺を許せ、我が一撃は信念の煌めき。完成せよ。アルバの宝剣カリバーン

 水の中から煌めく宝剣が出現した。否。それは水だった。水が魔法の力と権能の力で輝いて宝剣を形作った。

 その大きさは二mを超える。

「短剣じゃないじゃん!」

 ウリナが喚いたが巨人の短剣はこのくらいの大きさなのである。ムデンの経験が認識を変え、権能の力を拡大させていた。

 火球が放たれるのとムデンが剣を振りぬけるのは同時であった。

 地上に現れた小太陽のごとき火球がずれて、情報分解を始める。青い光になって消え失せる。

 ムデンは胸に刺さった懐剣を手にしてホーナーの前に立った。その姿は豪華絢爛、まばゆいばかりに見える。

「終わりだ。ホーナー」

 ムデンは懐剣を落として派手にホーナーを殴った。身がくの字に曲がるほどの一撃であり、ホーナーの意識を瞬時に刈り取った。

 深く息をつくと、キーオベンチに回復の魔法を掛ける。

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