第145話 災厄を狩る災厄
ムデンはシレンツィオのように髪をかきあげると、袖の中から長さの違う短剣を取り出した。魔法で石を削り出して作った短剣で、鋼鉄を超える切れ味と、その一〇分の一もない耐久性を持っていた。普通ならば使い物にならぬ短剣もどきだったが、それがムデンの手にかかれば、短剣熟達の権能によって実用域まで耐久力が上昇する。
ムデンが音もなくゆらりともすらりとも言える動きで短剣を構えると、なんとも言えぬ男の色気と、物言わぬ迫力があった。人を一人や二人斬った刺したくらいでは出来上がらぬ色気である。何百何千も殺して何万も死を見届けて、ようやく届かんと言う英雄の格だった。
何も映らぬ詩人の瞳に、涙が浮かんだ。
「シレンツィオ、おぉ、シレンツィオ、思えばお前と戦うときが、我が最良の時であった」
詩人改め、戦士ラペルとなった男は、体当たりするように全力で向かった。シレンツィオなら避けぬと信じての訓練を重ねての一撃だったが、ムデンは昔から約束があったかのように正面からこれを受けた。短剣を十字にして、ラペルの懐剣を受け止めたのである。
「目が見えぬからと言って、手加減無用。ここより俺は、本気でお前を殺す」
「俺も本気で相手をするがな」
ムデンは幾多の戦士たちの心をとろかす笑顔を向けた。この強い人間に認められたい、男がただそれを願うという値千金の微笑みである。
「殺しはせんぞ。子供たちの前だ」
「ぬかせ!!」
ラペルは吟遊詩人として長い距離を歩いて鍛えた脚を振るった。その長靴の先には刃が隠されている。
踊るように舞うようにムデンは肘で蹴りを防ぐと、そのまま投げ技に持ち込んだ。それを読んでいたかのように、ラペルはあえて抱きついて防いだ。泥くさい戦いだったが、盲目の自分にできることを探し続けて、たどり着いた武がそこにはあった。
ムデンは褒め称えるような笑顔で半歩身を引いて関節を決めようとして避けさせると、再び距離を取った。流れるな動きだった。洗練されすぎてムデンが手を軽く動かしただけで敵味方の距離が離れたように見えた。
「魔法かよ……」
ウリナが呟く、ボーラとテティスは違う、違いますと異口同音を口にしたあと、猫科の大型動物を思わせるようなムデンを見つめた。
次の瞬間ラペルは叫んで滅茶苦茶に懐剣を振り回した。技もへったくれもないが、達人ほど、この手を嫌がった。長年の鍛錬で染み付いた流れを無視するような対応を要求するからである。命を捨てて次も考えないのであれば、これはそれなりに有効だった。相手が避けないというのであれば、特に。
ムデンは両方の短剣で正面からラペルの連打を受けた。硬いものがぶつかる音が連続して聞こえ、まるで鉄琴のごとき澄んだ音が響いた。
「避けるなり、脚を払えばいいものを!」
「お前が、それを想定しないわけがない。大方、ずっと対策を練って来ていたのだろう」
ムデンはそう言うと、ただ口元を緩めただけでその工夫と努力を称えた。ラペルはその笑顔が見えるかのように、ぬかせと笑顔で返事をした。
「よくやった! ラペルとやら、時間稼ぎは十分である! 貴様の首は実験などに使わず埋めてくれようぞ!」
ラペルの背後からホーナー元侯爵が全身に彫り込んだ魔法陣を輝かせた。両手で構えたその先から、灼熱の槍を音速超えで発射される。
ムデンは落ちていた料理用の短剣を蹴り上げて灼熱の槍を短剣で迎撃した。逸れた灼熱の槍が背後で大爆発して、ムデンの髪を揺らした。その表情は微笑んだままだった。
「全身に魔法陣を埋め込んだのか。どうしたホーナー。魔法兵器にでもなったつもりか」
「そうだともシレンツィオ。お前を倒す、そのためにな。攻撃魔法だけではないぞ、どれだけ長距離でも貴様を探す魔法を我が身に埋め込んだ。お前は悪だ、シレンツィオ。お前はニクニッスを、エルフを滅ぼす災厄の中の災厄だ。なんの犠牲もなしにお前を倒せるとは思わぬ! わしの正気を持っていけ、そしてともに死ねぃ!」
灼熱の槍が四本出現した。最初の一本は対応力を図るための一撃だった。本命はこれだ。
「古代人の世になど戻してたまるか!」
ムデンは両手の短剣を投げるのと同時にラペルの肩を軸に倒立すると袖から短剣をばらばらと落とした。それらすべてを指の間に挟んで投げている。四本の灼熱の槍を逸らし、一本をホーナーの目に投げた。それをキーオベンチがおのれの体で受け止めた。胸に短剣が生えている。
「私は体に魔法を埋め込んでおりません……ホーナー様、本懐を遂げてください」
「馬鹿者が! あやつはわしを殺せはしなかったのに!」
「おいたわしい……」
キーオベンチはそう言って倒れた。ホーナーの体から炎が湧き上がった。
「シレンツィオ! またもエルフの未来を潰すか!」
「その言葉、お前たちの愚かな企みや実験に供された女子供に言ってみろ」
ムデンは静かに言った。周囲の風も呼吸もただ止まり、静寂の異名通りになった。
「エルフにどんな未来があろうと、お前の決めた未来になるわけがないだろう。そんなことも分からんのか」
ムデンはラペルの攻撃をいなしながら口を開いた。
「未来は子供たちのものだ。それ以外は俺が認めぬ」
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