第143話 光を失う

 吟遊詩人に酒をだしていると、ウリナとテティスが連れだってやってきた。ムデンはわずかに微笑んだが、分かったのは襟に隠れていたボーラだけだった。

”キター! これで勝つる!!”

”なんに勝つんだ”

”テティスちゃんに真実を教えてやるんですよ! ボーラ突撃します!”

”料理を食べた後でもいいんじゃないか”

”そういうところですよ。人の心がないってところ!”

”お前も俺も妖精だろう”

”そうだけどそうじゃないんです! いいから私に任せてください!”

 ボーラは襟から飛び出るとテティスの前に腕組して滞空した。

”やっときましたね! 性悪幼女あらため性悪少女! ん。キャラ薄くなってませんか。それだと”

 ウリナは何を言ってるんだこいつという顔をした。動きがあった横のテティスを見る。

 テティスも最初、目をすがめて何を言ってるんだこの羽妖精という顔をしたあと、目を見開いて羽妖精を観察した。

”え、誰?”

 派手にボーラが空中で倒れた。そのまま滑るように飛んで行って壁にぶつかった振りをしたあと、高速に飛んで戻ってきた。

”はっ、薄情者ー!!”

”薄情者の代名詞である羽妖精にそんなこと言われたくありません” 

”おうおう、ネタはあがってるんですよ。いや、そんな掛け合いは今いいですから、シリアスパートですよ、テティスちゃん”

”その不快なもの言い、ものすごく知ってる羽妖精にそっくりなんですが、種族的にそうなんですか”

”個性ですがなにか?”

”ボーラ!”

”はい、ボーラですよ!”

 テティスは怒りの表情になると氷魔法を発現させてボーラを撃ち落とそうと連射を始めた。ムデンもわずかにびっくりの展開である。吟遊詩人など面白そうに林檎酒を飲みながら様子を見ている。

”ちょ、なんかおかしくありませんか!”

 ボーラのテレパスを、テティスは激怒しながら受け止めた。

”なぜあなただけおめおめと生きているんですか!!”

”ちょ、なんか誤解!”

”うるさい!”

 テティスが凍れと念じた瞬間区画全部が凍った。否、凍るところだった。さすがに被害が甚大なのでムデンが片手で止めた。魔法よ散れと念じ返したのである。

 それでテティスはさらに激怒した。

”おじさまを捨てて、こんな若い男の魔術師なんかと!”

”いやいや。私は貞淑な妻ですがなにか”

”は?”

”しまいにゃ怒りますよ。まあ正確には妻になる予定なんですが”

”やっぱり乗り換えてるじゃない!”

”違いますー”

 テティスの魔法をボーラは空中機動で回避した。木の葉落としからの連続ひねりからの垂直上昇である。

”聞いて驚けこの人がシレンツィオさんです!”

 ボーラはムデンに隠れながらそう念じた。

 ムデンとテティスが二〇歩の距離で見つめあう。昔と比べて、なんと遠い距離であろうか。

 テティスの瞳が、光を失った。

「何をわけのわからないことを言ってるんですかボーラ。でてきなさい。ボーラ!!」

”いやだから”

「どこにいるの、ボーラ!」

 ボーラはテティスの前で手を振った。しかしテティスの瞳にもはやボーラは映らぬ。

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