第142話 骨付き肋肉の焼き物

 静かになった聴衆に、吟遊詩人は微笑んだ。

「金糸雀諸島のエルフは民会を開き、全会一致でシレンツィオを頼ることにしました」

「金糸雀のむくつけき戦士長が白旗を掲げた船で接触すると、すぐにシレンツィオは姿を見せて全員を保護することに決めました。人間からすれば長い付き合いだからなと笑いながら言っていたそうです」 

 吟遊詩人は楽しい思い出であるように歌った。宝剣は商船を含めて大量の船を用意すると島民すべてを二日で運び出したという。

「宝剣は言いました。どこへなりと連れて行こう。自由の地でも、アルバでも。もちろんエルフの国でもよいと」

 吟遊詩人は歌う。

 我ら金糸雀は問いに答える。島民一つとなれるところへ。

 そうして導かれし場所はアバロン。たわわな林檎が実る島なり。

「アバロンには本来の宝剣の持ち主であるギネヴィアが湖の底で眠っていました。一人だけで眠るのは寂しいだろうから、ちょうどよい。宝剣はそう言って我らを住まわせました」

 弦を鳴らして、吟遊詩人は笑顔になった。

「こうして我らは金糸雀ではなく林檎の民になったのです。かつての故郷から金の冠を抱いて、金の林檎の島と称します」

 偉大なりはアバロンの宝剣、再び抜かれる日はいつぞ。その煌めきで人を癒やすのはいつぞ。

 歌は終わった。テティスがウリナを横目で見ると、ウリナは拳を震わせ、激怒していた。

「ま……また知らない女の名前が出て来てる!」

「持ち主というからには上司でしょう? 聞けばアルバには普通に女性の貴族もいるとのこと。別におかしくもなんともないのでは」

「だからお前はお子様なんだ。くっそあの」

 ウリナはテティスの前なので卑猥な悪態をつくのをやめた。たまに我慢ができないことがあるのだが、この場は抑えることに成功した。

 テティスはその配慮に気づかず、微笑んでいる。

「おじさまは本当に私を遠くに連れて行ってくれるつもりだったんですね」

 それだけで残りの一生を生きていけそうな氣がする。

 嘘だ。おじさまに逢いたい。

 テティスは自分の本心を見つめると、顔をあげた。

「それよりも、詩人さんを捕まえるのでは?」

「そうだそうだ。あやうく忘れるところだった」


 ところで詩人の歌を聞いていたものが、もう二エルフいた。秘匿していた古代の転送魔法陣で前日のうちに山都へ移動していたホーナー元侯爵とキーオベンチ男爵である。

 シレンツィオめ!と言って色めき立っていたホーナー元侯爵をなだめていたキーオベンチ男爵は、金糸雀の歌を聞いて今度は泡を吹いて怒りだした。うっかりホーナー元侯爵が大丈夫か、しっかりせんかと言うほどである。

「私の癒やしを奪っただけではなく、吟遊詩人を使って私の無能を宣伝して回るだと……おのれ……どこまで、どこまで……!」

「落ち着けキーオベンチよ。あの任務は私が最終的に責を負っていたのだ。それに、誰も我らが指揮をしていたとは知るまい。ニクニッス内ですらも。我らは影なのだから」

 それでもキーオベンチは怒り冷めやらぬ。今一〇〇人送っているシレンツィオの暗殺部隊をもう一〇〇人増やそうと思った。あとあの詩人は自分で直接拷問にかけて殺す。

「シレンツィオ……シレンツィオめ!」

「それはわしの台詞ではないか」

「そうでした。おいたわしい」


 ウリナとキーオベンチは吟遊詩人を探したが見つからなかった。お捻りを集めると、吟遊詩人はさっさと着替えて場を後にしていたのである。仕事の受けが良いと派手な女装をしていたことが、かえって彼の身を隠している。

 吟遊詩人は日銭を稼いだ後、最前列で聞いていた子供に連れられて屋台に酒を呑みに行っている。稼ぎすぎないのはこの種の大道芸人の生きる知恵である。旅の者が荒稼ぎすると、すぐに有力者やならず者に狙われるのだった。日銭を稼いで稼いだ分の多くをその場で使う。そうすることで心象を良くして安全保障とするのである。

 吟遊詩人が向かった先にはムデンがいる。

 運命の再会であったが、吟遊詩人の方は目を悪くしており、シレンツィオの声も海上と違ってだみ声ではなかった。

「酒と料理をくれないか。できれば酒は蒸留酒でないもので、喉に優しいものがいい」

 吟遊詩人が言うと、ムデンは少し微笑んだ。

「林檎酒ならある。少し発泡しているが」

「それでいい」

「分かった。料理は骨付き肉で良いか。朝に仕込んだものがある」

 砂糖と醤油と唐辛子に漬け込んだ肉を、炭火で焼く。滴る油が火を強め、醤油の焼ける匂いが立ち上った。

「それは嬉しいな。目が見えないから、かぶりつけるものはとてもありがたい」

「子供に手伝わせよう」

「なんだ、この店のものだったのか。そりゃいい店があるよなわけだ」

「子供は自由だ。別にどこに案内してもいいんだがな」

「恩義を感じるのは子供だってそうさ。」

 吟遊詩人は肉を頬張ると、良く噛んで嚥下した。

「昔、尊敬する男がこんな料理を作っていた。汁は違っていたんだが」

「そうか」

 詩人は肉を食うと、独り言を言った。

「もう一度戦いたかった」

「そうか」

 ムデンはもう一皿出しながら、静かに口を開いた。

「今日はいいことがあった。代金はいらん。好きなだけ飲め」

「随分と気前がいいな」

「一人だけで眠るのは寂しいだろうからな。酒くらいはだそう」

 吟遊詩人は奇妙な表情をした後、まさかなと思って、ありがたく林檎酒を口にした。

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