第141話 吟遊詩人の歌(2)

「あのじいさんの身内かなんか、シレンツィオに口説かれたのかな」

「そんなわけないでしょう」

 ウリナの言葉に、テティスは冷静というには冷えすぎた声で答えた。

「まあ、そうなんだけどな。エルフはなんでか女戦士送ってこなかったし。さすがのシレンツィオも悪いことはできなかったわけだ」

 快事の如くウリナが言うとテティスは不思議そうに小首を傾げた。

「女性が戦争にでたらどんなエルフ国家でも将来的な人口が即座に危険水準になります。エルフの女性は生涯で二人程度しか産まないのですから」

 この時代のエルフの合計特殊出生率は二.〇一から二.〇二程度だったと思われる。理由は諸説あるが長命な社会を作り上げた種族はそれがゴブリンであっても全般子供が少ない。エルフはこの社会問題を、もっとも早く発生させていた種族だった。にも関わらず同族戦争と呼ばれる対ルース戦争に勤しんでしまい、結果滅亡に繋がってしまう。

 テティスの言葉の意味を少し考えたウリナが、難しい顔になった。

「ん? 戦争する前にやばくない? 病気とかどうすんだよ。五人産まれて三人残るとかじゃないと種族として生き残れないんじゃ」

「エルフだと、その計算では人間死にすぎで恐怖を感じるほどですね」

 魔法を使用した医療技術によって大差があったのである。そもそも子供というものに対する価値が違った。この時代の人間は、また産めばいいと豪語する母親が大勢、というか普通だったのである。それくらい、乳幼児死亡率は高かった。一々悔やんでいてはやっていけないのである。

「なるほど。ここの時点で見識がずれてんだからそりゃ戦争になるよなあ」

 ウリナがあっけらかんと笑うと、テティスもちょっと笑った。その部分については首肯するしかない。首肯しながら、シレンツィオはどうだろうかとテティスは思う。でもおじさまは人間の世界でもかなりの変わり種の気もする。人間という枠で考えるべきではないのかも。

 そう、おじさまは特別。それは間違いない。

 気づけば女吟遊詩人は別の歌を歌いだしている。今度もシレンツィオの歌だった。

「金糸雀諸島のエルフを助けたシレンツィオの歌を」

 え。人間だよなと、聴衆の一部がそんなことを呟くのが聞こえた。テティスは金糸雀諸島がどこにあるのかも知らなかったが、シレンツィオがエルフを助けた、という話を聴いても驚くようなことはなかった。実際彼は、自分を含めて何度となくエルフを助けているのである。

 驚いているのはウリナのほうだった。表題を聞いて顔色を変えるとテティスの肩を揺らして聞いた事ないと言い出した。もっとも、テティスは手を通してウリナの心情が流れ込んでくるのを嫌がって、即座に逃げている。興奮した人間の思考など、友人であっても読んで楽しいものではなかったからだ。

「え、私、そんな歌知らない」

「そうなのですか。エルフ側で作った曲なのでは」

「シレンツィオは人間のものだぞ」

「歌に詠まれる対象に種族は関係ないのではありませんか」

「そうだけど! うぉぉ、え。シレンツィオの歌の収集、他種族もやらないといけないのか」

 ウリナはシレンツィオの歌を収集していた。ちなみにこの収集品は現代まで残っている。ルクレツィア・ウリナがどれだけシレンツィオに執心していたかが分かる。

「テティス、あとであの吟遊詩人捕まえるの手伝って」

「いいですけど」

 女吟遊詩人は光を映さなくなった目を向けると、一二弦を爪弾いた。指板に左手を押し当てながら右手で爪弾き、歌うのである。

「金糸雀諸島のエルフは長年ニクニッスの配下としてアルバと戦っておりました。シレンツィオとも激しく戦いました。何度も」

 女吟遊詩人は当事者だったかのように思い出しながら歌っている。当時、吟遊詩人とは時事情報を得る重要な手段であった。本邦で言えば落語家にあたる。紙が高かった当時は唯一と言っても良い庶民の遠方情報獲得手段であった。

「何度も戦えば、相手のことも分かるというものです。金糸雀諸島のエルフは戦う内に敵であるシレンツィオに敬意のようなものすら覚えていました」

 略奪をせず、女子供は必ず逃がした。島を襲って船を焼き払った時は、飢えることがないよう食料や水を置いて行った。一騎打ちを挑めば必ず相手して、敗退者の命を取ることまではしなかった。

「アルバの宝剣がエルフであったなら、金糸雀諸島のエルフは口癖のように言いました。自分たちは戦わず、無理難題を言うニクニッスのことを悪く言う者はあれ、シレンツィオに対する悪評はありませんでした。エルフの心というものは不思議なものです」

 魔法のような帆の扱い、一瞬の風詠で取り逃がしたこと数度、そのうち金糸雀諸島のエルフもシレンツィオに習って略奪をやめたという。

「それこそが戦士が望む戦争、というものでした。シレンツィオと戦っている間だけは、我々は物語の中の登場人物になった気分で、戦士の誇りを胸に知恵と技を比べることができたのです」

 あいつ男だ、とウリナが呟くのが聞こえた。吟遊詩人は装束は女そのものだが、男のエルフであった。テティスはなるほどと思いながら歌に耳を傾ける。自分もそう。おじさまの横にいる間だけは、物語の中の登場人物のように振る舞えた。寂しいと思っただけで、屋根の上に連れて行ったりしてくれたのである。どこにでも連れて行ってやる。その言葉を噛み締めながら今も生きている。

「しかしそれを、ニクニッスは馴れ合いと言い始めました。エルフへの裏切りだとも。我々は言いました。お前たちに何が分かる。シレンツィオと戦ってみろと。するとニクニッスは我ら金糸雀諸島のエルフを絶滅させようとしたのです」

 静かになった聴衆に、吟遊詩人は微笑んだ。

「金糸雀諸島のエルフは民会を開き、全会一致でシレンツィオを頼ることにしました」

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