第140話 吟遊詩人の歌

 腹が膨れた一人と一エルフは道を歩いた。人は多く、ごった返している。短期間に驚くほど人出が増えて、祝祭日とウリナが勘違いするのも当然であった。

「吟遊詩人までいる」

 ウリナはエルフにもいるのかと面白がった。

「でも女の吟遊詩人ってどうなんだ?」

「確かに。一人で旅行するのは大変そうですよね」

 テティスもそう言って背伸びした。多くの観客を集めた吟遊詩人は、十二弦琴を持って涼やかに歌っている。

「会話だとともかく、歌だとエルフ語わかんねえな」

 ウリナがそう言うので、テティスは耳を揺らして聞き取った。

「シレンツィオの修道院通いの歌」

 ウリナはそう聞いた瞬間に顔をしかめた。テティスの耳を塞いた。

「何をするんですか! おじさまの歌ですよね!」

「そうだけど、お前は聞かないでいい。というか嘘だからな、それ」

「嘘?」

「まさかエルフ語でも翻訳されて歌われているとは思ってなかったけど、その歌の内容はこうだ。好色なシレンツィオは女修道院に入り浸って放蕩の限りを尽くしてついには教会から破門されるが聖女や修道女たちが猛反発して無罪になる。シレンツィオは許されるが修道女から説教大会を食らってなさけなく終わる」

「放蕩というのは良くわかりませんけど、いい話ではないですか。おじさまはすぐに危ないことをするので怒られるのは分かります」

「あー。そういやお前お子様だったわ」

「あなたの二倍以上生きていますけど?」

 テティスはそう言って抗議したが、ウリナは無視した。

「まあそれでなんだ。そのうち放蕩の意味が分かるようになったときのために教えとくけど、嘘だから、なんなら全部嘘だから」

「なぜいい切れるのですか?」

「母上の……というか私の屋敷にいたからだ。母上が病気だったから、ずっと側で看病してたんだ」

「それがなんで女修道院に居た話になるんですか?」

 ウリナは腹立たしい顔をしたあと、そのまま喋りだした。

「シレンツィオという名前を出せば女修道士の過ちも、仕方ないとなるからだ。あのシレンツィオならやりかねないとか、あのシレンツィオに言い寄られて嫌だというのは難しいとか、そういうの」

「おじさまが言い寄るなんてちょっと信じられませんね」

 テティスは流れるように嘘をついた。この娘、ちょいちょい嫉妬心丸出しでシレンツィオを包囲しようとしている。とはいえ、実際シレンツィオが誰かに言い寄る現場を、テティスはみたことがなかった。というよりもシレンツィオは見せたことがなかった。

「いや、言い寄ることは結構してたと思うけど、ともかく、その件だけは別だったんだ」

「なるほど」

 テティスが見たところ、ウリナは本当に腹を立てていた。

「私は母上の名代として、破門するという教会に文句をつけた。すると教皇はなんと言ったと思う? そんなことは分かっていると、じゃあなんで破門するんだよ!」

 テティスは破門という言葉の重さを知らぬ。とはいえ、ウリナが心底怒っているのと嘆き悲しんでいるのは分かった。それでうっかり背伸びして頭を撫でてしまった。

「おじさまは気になさらないのではありませんか」

「そうだよ。だから腹が立つ。なんでへらへらしてんだよ。戦争すりゃ勝てるのに」

「おじさまがへらへらしていたかはわかりませんが、特に興味はないとかいいそうですね」

「ああ……。それで……教皇のやろう、海に出る度胸もない腐れちんこのくせに、このままではシレンツィオという名前が聖女や女修道士を自ら罷免する、つまり辞めるためのいい言い訳になるとか抜かしやがって。罷免の権限を持つのは私だとかいいやがった」

「なるほど。おじさまは気にしないでしょうが、私なら氷漬けにしそうです」

「それも良さそうだな。実際には腹を立てた修道女が銃撃して鉛の弾を全身に撃ち込まれてルビコン川に浮いてたけど」

「なるほど。ルース王国に生まれていたのであれば生涯無税にしていたところです」

「もちろん、うちもちゃんと後ろ盾になって永代無税にしてやったぞ」

 変なところで二人は競り合った。

「まあともかく、そういうことで、シレンツィオは無罪、以上」

「では修道女たちが囲んだというのは?」

「逆、というか、みんながシレンツィオに詫びてたんだよ。どいつも家の事情とかで無理やり修道院行きだったからな。自由になりたかったと」

「なるほど」

 ウリナは当時を思い出してイライラしている。この話には続きがあって、シレンツィオは笑顔で、そうか、だがその話を嘘にしてしまうのはもったいないなといって本当に修道院に入り浸ってご乱行に及んだのである。そこまで込みでウリナは激怒していた。シレンツィオを鎖に繋いで絶対に屋敷から出さないと当時から固く心に決めていた。

「シレンツィオめ!」

「誰か言いました?」

「え。あいつか。あのエルフの老人」

 テティスが見ると、老人が吟遊詩人の歌に激怒していた。

「あの人もおじさまの味方なんでしょうか」

「えっと、シレンツィオってエルフ最大の仇敵だったと思うぞ」

「あ。それはニクニッスの話ですね。私は特に気にしていません」

 老人はおいたわしいとか言われて連れて行かれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る