第139話 間違いだらけ

「歩きながら話そうぜ」

「その前に着替えさせてください」

 手早く着替えてくるテティスは、同じ制服を着ていた。

 ウリナは目を眇めたあと、口を開いた。

「今の意味あった?」

「シワがなくなりました」

「魔法じゃダメなのか」

「魔法は万能ではありません」

 ムデンのほうがよほど万能に使っているのだが、ふたりともその事実は知らぬ。

 一エルフと一人で連れ立って歩く。ウリナが口を開いた。

「それで、シレンツィオが手紙出さない理由なんだけど」

「出したとしても私には絶対届きませんよ?」

「え、そうなの?」

 これは使者の問題である。郵便制度がない時代、貴族やその師弟に手紙を届けるにはまず使者が必要であった。この使者は単なる運び屋ではなく、手紙の書き手の代理人であり、(もし送り先が親しくないのであれば)さらにいえば手紙の送り主と受取人の仲介者であった。その身分は高いほど信用があるとされている。

 シレンツィオが故国に手紙を送るにあたり、一国の王女(リアン国第三王女エメラルド)に手紙の仲介を頼むというのも、違和感のある話ではないのである。

「この幼年学校の中でならともかく、伯爵家への手紙の使者となりそうな人物が市中にそうそういるわけがないと思います」

 それぐらいだったら幼年学校に本人が訪れたほうがまだ話が早い。しかもエルフ年で二年経ちそうな今、人間であれば随分と姿形が変わっているであろう。学校に戻ってこれても学校(エルフ)のほうが本人と認識できるかどうか。

「おじさまは手紙を送る時、このあたりの事情を分かっているような感じでしたけど」

「マジか。使者なんて考えたこともなかった」

 ウリナは上に超がつく生まれついての大貴族だったせいで、そもそも使者の選定などやったこともなかった。手紙を送っておいてと家中の誰かに命じれば、それで十分という立場だったのである。エルフと人間、というよりも階級社会における上と下の文化の違いであった。

「ちなみに、ジウリア・ドロテアはどういう推理をしていたのですか?」

「ジウリアでいい。人間の国じゃ中間名を呼び名には使わない」

「そうなのですね」

 ではなんのために中間名があるのだろうと思ったが、ウリナが喋りだしたので意識がそちらに流れた。

「シレンツィオはなにもかも面倒くさくなって海に逃げたんだと思う」

「おじさまはそんなことしません」

「するって、現に私は何度も、何度もやられている! はじめて髪をあげてもらって嬉しかった時も、楽器の演奏ができた日も、あいつ海に行ってたんだ!」

「愛情の差ですね」

「おいお前」

 テティスとウリナは歩きながら取っ組み合った。なんとも微笑ましい図であったであろう。

「それでどこに行くんですか」

「ムデンのところ!」

「嬉しそうに言いますね。私は嫌です」

「そう言うなって」

「声がおじさまと同じと言うだけで万死に値します」

「お前実はやべえやつなんじゃないか?」

「気にしません」

「あ、それシレンツィオ言いそう」

「言いますね」

 二人は学校の外に出た。ようやく、警戒態勢が一段階緩められたのである。この頃にはシリヴリンたち騎士団が目を瞠るほどの大活躍をして各国の間者と犯罪者を全滅させていた。その働きは王家を動かし他国に先駆け、陸軍と騎士団の統合が行われるほどである。

 金を十分に与えれば競争が起きて良い働きをする。当たり前の経済原則が働いた結果である。

 治安が改善して多くの同業者組合が倒れ、交通の便が良くなって、児童福祉が拡充され、新たに地域経済の要になったムデンがいつもの通り権力にも金にもなんら興味を示さず新たに商売に参画することをすべて許した結果、爆発といっても良い規模で山都は繁栄を見せていた。この方式を真似てカウランがルース王国全域で同じことをやりだすと、にわかに古いだけの国家であったルース王国は再生し、他国の羨望と恨みを買うことになる。

「今日は祝祭日だったのか?」

 ウリナがそんなことを言う。テティスは知りませんと言ったあと、トリッパの屋台を見つけた。

「おじさまの料理みたいな匂いがしますね」

「いやいや、いうてアルバの大提督だぞ。手ずから料理なんてするわけないだろ」

「とても慣れているように見えました。料理の飾り付けについては慣れていないようでしたけど」

 その実、ウリナが知らぬだけで、シレンツィオは昔から料理をそれなり以上にやっている。寄港先の料理がどうにも口に合わない、故郷の料理をどうしようもなく食べたくなる、それらが理由で当時の船乗りで料理ができない人物のほうが少数派だった。ウリナは海に出たことがないのでそれらを知らなかったのである。

「やっぱり別人かな」

 ウリナはそんなことを言いながらトリッパを買った。テティスと並んで食べた。はふはふ、うまーである。

「これはうまいな」

「塩気がおじさまの料理です」

 ボーラの説教は完全に間違っていた。肉は大正義である。さもありなん。

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