第137話 偽りのアマレッティ
場面は戻る。
ムデンは今日もボーラに怒られていた。ボーラは怒りすぎてへにょんと落ちるほどである。
”何をどうやったらうら若き少女を呼ぶためにモツ煮を用意しているんですか!!”
”美味いんだが”
”そういう話じゃありません! わぁいモツだぁと集まる女子はいないと言ってるんです”
”味覚に男も女もあるまい”
ムデンが顔を向けると、そこにはトリッパを一抱え食べているシリヴリンがいた。尻尾があれば全開で振っているところである。
ムデンがほら、という顔をすると、ボーラはあごの先であれは、別だという仕草をして、ついで分かってないなあという顔をした。
”いいですか。ムデンさん。女子はおいしそうなモツ煮があっても表面では匂いがねーとか、私はちょっと苦手かなーとか言いながら裏で大量に食べるものなんです。目立つ屋台では買いません!”
ムデンは憮然としたが、強くは言い返さなかった。
なお、アルバでは女性もトリッパを普通に食べる。屋台でも普通に買って食べる。文化の違いというものであろう。なおボーラが言ってる常識もトンボの大島の話なのでルース王国の話ではない。
とはいえ、何が転ぶか分からないもので、ムデンは女性が陰でトリッパを食えるようにと、屋台だけではなく配下の娼館にもだすようにしたところ大変に好評だった。女たちだけでなく一部の上客にも出して、喜ばれたと記録にある。先だって女騎士シリヴリンも愛好していたので、エルフにはあまりいらない配慮だったかもしれない。
ともあれトリッパでテティスを釣ることはなくなり、それでムデンは、別の手を考えることになった。
ムデンは背筋を伸ばして考える。
”少女が食べたくなるものとは、なんだ”
”甘いものに決まっているじゃないですか”
それはボーラが食べたいものではなかろうかとムデンは思ったが、まあいいかと思った。確かに、以前お菓子を作ったときは人気があった。
そう、花のパスタも好かれていたな。ムデンは思い出した。屋台ではとんと作らない系統である。ムデンはテティスが喜んでいたことを思い出すと、それならやってみるかと思い出した。
この時代、今と違って便利な魔道具がない。かき混ぜも泡立ても全部人力である。当時、お菓子とは大変な苦痛と時間が伴うものであった。いにしえの時代は甘いものがないからお菓子がないという話はよく聞くが、それだけではない。時間もないのである。
見目麗しいお菓子を作る。
ムデンが作ろうと思ったのは昔、入り浸っていた女修道院で学んだアマレッティという聖職者が作ったお菓子である。このアマレッティは西に行くとマカロンという名前で知られる菓子になる。
まずは、卵白を混ぜる。混ぜる。泡立ち、かさが増えているように見えだしたら砂糖を混ぜてまた混ぜる。混ぜる。なんどか砂糖を加え、角が立つまでこれをやるのである。今では魔道具があるが、当時は大変であった。修行と称する修道院もあったほどである。
正式な作り方、本来のアマレッティでは砂糖とともに砕いて粉にしたアーモンドという実を使う。これがほろ苦く、名前のアマレッティ、苦いものという由来になっている。
しかしムデンはアーモンドを使わなかった。テティスが苦いのを嫌うことを覚えており、それで別のものを使うことにした。
それがひよこ豆である。実はひよこ豆でも泡立てて卵白のようにすることができ、聖日で肉を食えない日には、これで代用することもあった。ムデンは卵白とひよこ豆の粉を使って苦くないアマレッティを作っている。
ただこのままだと色がなくて味気ないので、ムデンは魔法で林檎から色素を取り出し、アマレッティに混ぜた。
”色よ出ろ”
”色よ混ざれ”
たちまち出来上がる赤い色のアマレッティ。これを金貨状にして天火で焼くのである。
そう言えば混ぜるのを魔法にすれば良かったと思いついたが、もう遅い。人間だったころの癖は消えないものだと苦笑して、ムデンは、今度こそ魔法を使い、牛乳を攪拌させて
色素を取り出した林檎をみじん切りにして砂糖と煮詰め、乳液と混ぜて行くのである。本来は檸檬を入れて色が悪くならないようにするのと味を整えるのだがそれができず、代わりに少量の酢を使っている。
乳液と混ぜた林檎の砂糖煮をアマレッティに挟めば完成である。出来栄えを確認しているとボーラは悔しそうに飛んできた。
”なんで私、塩を送るようなことをやっちゃったんだろう”
”味見するか”
”うっ……でもいいです。最初はテティスちゃんが食べるべきと思うので”
”落ち着け、次の納品日まで間があるぞ”
”わー、じゃあなんで今作ったんですか!”
”いきなり作ってうまくいくかは分からんだろう。現に材料がいろいろ足りていない”
特に致命的なのは檸檬の不足である。唐柿伝来以前、アルバでは多くの料理に檸檬が使われていた。
”檸檬ってあの変な形の柑橘類ですよね。別の柑橘系植物で代用できませんか”
”なるほど、そうだな、探させてみるか”
ちなみに最初に作ったアマレッティはすべてムデンが食べた。本人はもう一年くらいアマレッティは食べたくない気分になったようだが、そうはいかないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます