第133話 大説教大会

 その日の夜。ほろ酔いでムデンがのんびりしていると、ボーラが翅もへろへろにムデンの頭の上に落ちてきた。両手足を広げて抱きついている。

”たい、へん、でした”

”そうか”

”もっと褒めてください! 羽妖精とは思えない勤勉さだったんですよ! もう朝からいろんな商人とか役所とか業界の人とか孤児院とか”

”孤児院は手伝ってやりたいが”

”そう言うと思って手厚く保護しました! あと、ビーという子はいないみたいです”

”そうか。手数をかけたな”

”えへへへ。もっと褒めて褒めて”

 ボーラはムデンの頭の上でゴロゴロした後、ムデンさんはどうだったんですかと尋ねた。

”テティスと会った”

”詳しく”

”元気そうだった”

”それだけで済むわけないでしょ!”

”それだけだったんだがな。そういえば、俺の顔を見ていたので、心を読めと言って手を出したら断られて泣かれた”

”ちょっとぉぉぉ”

 ボーラは起き上がってムデンの顔の前で滞空した。腕を組んでいる。

”ちゃんと事情を話したんですか”

”走っていったんで、そこまではしていない”

”〇点、〇点ですよムデンさん。むしろマイナスです”

”マイナスとは負の数のことだな。羽妖精は良く知っている”

”いやもうそんなことはいいですから! テティスちゃん泣かせて、元気そうだった、はないでしょう! 追ったんですか!?”

”いや”

 ムデンはテティスを見送った後、グァビアと呑みに行っている。

 それをボーラはテレパスで読み取ると、撃墜されたかのようにへなへなと落ちた。ムデンが慌てて拾い上げた。

”なんで飲み会なんてしてるんですかぁ……”

 ボーラは涙目である。ムデンはボーラの頭を指で優しく撫でながら口を開いた。

”泣いた理由だが、俺がシレンツィオに似ているのが気に食わんらしい。この状況で俺が追いすがっても逆効果だろう”

”あー。うーん。ムデンさんというかシレンツィオさんを好きすぎてこじれてますね……シレンツィオ原理主義でこうちょっとでも違うと解釈違いで文句を言い出す面倒くさい娘さんになってます”

”そうか” 

”そこで納得して興味なくさないでください! なんとかしないと、もういない人への思慕でエルフ生が狂ってしまいますよ!”

”いや、年頃になったら恋を覚えて、俺のことなど忘れると思うんだが”

”ムデンさんと違ってたいていの人はそんなに薄情ではないんです”

 ムデンは世間一般について語ったつもりだったが、お前だけのことだと言われて黙った。反論がないというか、特に興味がないとも言う。世間一般に興味もなにもないのだから、強い自説も思い入れもあるわけではなく、そうだと言われればそういうものかと納得してしまうのである。

”そうか”

”そうなんです。ど、どうしよう”

”お前がついてきて話すのはどうだ”

”幼年学校に羽妖精は持ち込み禁止なんですよ。忘れました?”

”忘れてはないが”

 ムデンの場合、ルールを守るかどうかはムデンが決めた。シレンツィオは修道女ならびに聖女に手を出してはならぬという大聖堂のお触れを破って散るも散らせたり聖女七〇人と夜を伴にしてアルバの主教から全世界の女の敵パブリックエネミーと称されることをやってドワーフの大陸に大航海してほとぼりをさますようなこともしている。国教を敵に回してそれでどうやって社会的に生きていけるのかと言えば、破門されようと陽根に賞金をかけられようと、ムデンは人気があって支援者に事欠かなかったのである。むしろシレンツィオを御せるのは私しかおらぬという女が大勢いた。種馬としてではなく暴れ馬としても人気だったのである。

 ボーラもまた、その一人である。自覚があったかどうかは分からない。

”ルールを破って出入り禁止になったら大事ですよ”

”まあ、そうなったらそうなっただ”

”ムデンさんがそう言うと、だいたい事態が悪化するんでそういうのはやめてください”

”ふむ。ではどうする”

”テティスちゃんが外にでるチャンスを作って、そこで接触します”

”分かった”

 ムデンの良いところは反論に対して腹を立てないし反発もしないところである。気に食わなければ自分で勝手に動くのだがその場合でも制止したり反論した人間に意趣返しするようなことはなかった。羽妖精相手でもそうであり、ボーラはそういうところが大好きですといいつつ、テティスちゃんのために、慎重に動いてください、女の子は繊細なんですと言った。

”そうか”

 ムデンはそう答えている。ボーラが性悪幼女とか言わないのでよほど深刻なのだろうと彼なりに思った次第である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る