第131話 二人の包囲網突破作戦

 シリヴリンに絞られて幼年学校に戻る途中、ウリナは横を歩くテティスに言っている。

「おい、諦めるのかよ」

「まさか」

 髪を掻き上げ、前を見るテティスにはいささかの迷いもない。将来、傾国と言われることは間違いない顔であった。

「私はそのために生きてきましたの」

「私も、このためにアルバから来た」

「では、議論にもなりませんね」

「警護をどうするかだよな」

 テティスは少し考えて、警備の穴を突くことにした。そのためには警備状況を把握しなければならない。

 この事業には時間がかかった。仲間がいるとはいえ、二人で幼年学校中の警備状況をそれとなく調べるのである。

 二人は連れ立って幼年学校のあちら、こちらから校庭やその先にある門を見て回っている。

 そうこうする内に、あっという間に一〇日が過ぎた。エルフの国は五日で一週なので二週間になる。

「忌々しいほど優秀だな。騎士団」

 寮に帰りながら語ったウリナの一言が全部の状況を語っている。実際彼らは、一時期とは比べ物にならないほど仕事をしていた。事実、これまで素通しだった山を登ってくる人々を調べてニクニッスの間諜を少なからず逮捕することにすら成功している。

 テティスは事情を考えた。

「王族の方でも入学されるのかしら」

「ルース王国の王女は二人ともまだ小さいんじゃなかったっけ」

 ウリナの、というよりもアルバの情報収集能力はそれなりにある。遠いルース王国の王家の話もかなり正確に集めていた。

 言われてテティスは考え込む。

「そうですね……」

 なぜ警備が厳しくなったか。不死者のせいなのは間違いない。間違いないが、それだけではない気もする。程度を超えた仕事ぶりに感じられた。

「不死者が人為的に作られていたのかもしれませんね」

「人間の世界だと大犯罪だけど、エルフはどうなんだ」

三族鏖さんぞくみなごろしですね」

「だよなあ」

 死を受け入れられない遺族が遺体を隠匿して不死者を作ってしまい、そのまま村が全滅、などというのは有史以来数え切れないほどあった事実である。このため種族に関わらず、遺体の首を落とさない、火葬をしないというのは強烈な禁忌になっていた。かつては土葬の国を滅ぼすためにエルフと人間とゴブリンが手を組んで戦争が起きたほどである。

「でも、それだったらこの状況も判るかもしれません」

「そうだな。あー、とはいえ、よりにもよってこの時期にかよ」

 愚痴混じりのため息をウリナがつくと、テティスは形のいい眉を動かした。

「おじさまが怒っていたのは不死者まわりかも知れませんよ?」

「まあ、いくらおとなしいシレンツィオでも怒るかもしれないな」

 ウリナはそう言うが、テティスはシレンツィオが大人しいというのが信じられない。シレンツィオと言えば、すぐ屋根の上に登ったり窓から飛び降りたりするのである。あまりにそれらを普通にするので、テティスはシレンツィオを船乗りを騙る山の民だと思っていた。後に船乗りが高所に昇るのを苦にしないとエメラルド姫に聞いてびっくりしたものである。

 つまり、シレンツィオはテティスに嘘をついていなかったわけである。心を読んでいいぞと気軽に言うくらいなので嘘はないと思っていたが、それを再確認するのは嬉しいことであった。つまりは好きである。大好きと言っていい。頭を撫でられたい。

「なんで笑ってるんだよ」

「やる気になっていただけです、放っておいてください」

「やる気はいいけど、どうすんだ」

「穴がなければ、作るだけです」

 テティスが考えたのは、業者の利用であった。商人を呼びつけ、その荷物にまぎれて校外に脱出するという手段である。この手法はテティスの生みの親が浮気の手法として常套的にやっていた手法であったが、テティスはそれを利用しようと思ったのである。

 問題は、幼年学校に出入りを許される商人が厳しく制限されていることである。それでいてテティスの”お願い”を聞いてくれるようなところでないといけない。

 テティスが目をつけたのは最近になって出入り商人になったというムデンである。安くて美味しい食材や食品を卸すからという理由で採用された業者だった。幸い、食堂の人間にもつてはある。エルフ年で二年近く会っていないが、シレンツィオとは仲が良かったはずである。事情を話せば”お願い”を聞き入れてくれる可能性はかなりある。

 テティスが意を決して長い事訪れていなかった食堂へ向かうと、ちょうど業者が食品を届けに来ていた。


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