第130話 一方その頃 テティス
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時は一月ほど戻る。ムデンが腹を立てて、それこそ以後一切の情報がニクニッスに上がらなくなるほど関係者を殺し尽くす頃である。その怒りの波動は恐ろしく、普段から垂れ流しになっている魔力に怒りが乗って、周辺に拡散した。
ムデン、というよりもシレンツィオを知る者たちは、それぞれの居場所で、この怒りの波動を受け取っている。
「おじさま、生きてる」
本国ではルクレツィア・ウリナ。ここルースではジウリア・ウリナで知られる女が横目で見ると、テティスはそう言って一筋涙を落とした。
嫌な物をみたような顔になったウリナは、自分も感じた怒りを棚に上げてテティスの頭を撫でた。
「悪いおじさまもいたもんだ、そんなヤツのために泣いてどうするのよ」
「知ったようなことを言わないで。たしかにおじさまは悪い人だけど、私には優しいからいいのです」
「それほんとアルバだったら処刑ものだからな」
「私が?」
「男の方に決まってんだろ」
テティスは小さな鼻を鳴らした。
「だからおじさまはアルバから追放されたのではなくて?」
「う、うーん。どうなんだろうな」
ウリナは難しい顔。テティスの涙を手巾(ルビ:ハンカチ)で拭い、エルフ語で言葉を選んだ。
「お前の言うおじさんが、ほんとにシレンツィオなのか。シレンツィオと言えば大男ながら、いるかどうか分からないくらいのやつだぞ。大体は酔っ払って女を抱き寄せていた」
「おじさまはそんなことしません。いつも私のために料理を作っていました」
「ということで別人じゃないかな。名前語ってるとかさ」
ウリナがそう言うとテティスは首を横に振った。
「間違いありません。あなたも感じたのでしょう?」
テティスに指摘されてウリナは少し考えている。
「さっきのやつ? まあ、いや、気のせいじゃなかったのか」
「あれを気のせいにできるなんて、人間は随分と呑気なのですね」
「高慢ちきな言い方!」
「余り使わない言葉を知っているのね」
「そうか? 私としてはこっちきて最初に覚えたくらいのエルフ語なんだけど」
とにかく、とウリナは授業に戻りながら口を開いた。
「あれが気の所為じゃないっていうのは分かった。魔法かなんか?」
「多分」
「ほんとに大丈夫かよ」
「自分の直感を大事にしないと魔法を使えませんよ? あ、古代人は使えませんけど」
「高慢ちきめ。まあ元気でたみたいで良かった。シレンツィオを探すんだろ?」
テティスは前を向きながら、力強く頷いた。体が小さいので、面白い印象を与える。
「当然です。ブルにも感じ取れているといいのだけど」
「私も探す。一緒にやろう」
ウリナが手を差し出して言うと、テティスはまあいいでしょうと言った。手は取らなかった。ウリナからすればさぞかし高慢ちきに映ったであろうが、これはテティスの親切であった。心を読まないように、という親切である。
「それで、シレンツィオに会ったらどうするんだ」
「私はどうするんでしょうね」
テティスはそう言った後、口をほころばせた。
「まあでも、最終的には頭を撫でてもらうと思います」
「子供だな」
「失礼な。一〇歳ともなればもはや立派な淑女です」
「だから子供なんだよ」
「そういうあなたは?」
ウリナはそう言われて、目を逸らした。
「そりゃまあお前、決まってるだろ。とっちめて蹴って、これまでの不実をなじって」
「それで終わりですか」
「最終的にはベッドに行く予定だ」
「あなたのほうがずっと子供じゃないですか!」
「ばっかそう言う方が子供なんだよ」
二人は言い合って捜索の準備をし、翌日から本格的な捜索に乗り出すはずだった。
が、失敗した。
山都ヘキトゥーラに、不死者がでたのである。首も落とされずに放置された死者が勝手に動き出すところまでは今と変わるところはないが、当時は今よりずっと魔力の濃いところがあった。その危険度は比べるのもおこがましい。
その不死者が、街中で暴れた。山都が全滅してもおかしくない事態であったが、幸いにも死体が一つの建物に押し込められており、被害はほぼなかった。とはいえ、だがしかしである。
他にもそういう場所があるのでは、と疑われ、幼年学校の生徒全てには禁足令が出されてしまった。学校から出るのを禁じる措置である。
それでもウリナとテティスはこっそりと捜索するつもりであったのだが、警護を預かる騎士団が見違えたように働き始め、これもうまくいかなかったのである。
無断外出しようというテティスを見つけて注意した女騎士シリヴリンは言ったものだ。
「貴族のお嬢様なら分かるでしょう。貴族の令嬢が一人傷ついたという事実は、とても重いものなのです。領地の民がどう思うか」
テティスの反論は残っていないが、どういう反論をしたとしても、女騎士シリヴリンは外出を許していない。
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