第129話 明かされる悪の勘違い

”今回の件で悟った。もう少し、相手と話をしなければならないようだ”

 ムデンがそう思ったところ、返事はなかった。見ればボーラが頭を抱えながら笑顔になっている。

”どうした”

”いーえー。ついにムデンさんがそこまで成長したかという喜びと、今の今まで必要性を感じてなかったんかいという驚愕の気持ちに挟まれて悶えていました”

”そうか”

”そこ、興味なくさないでください。そういうところが駄目なんですよ!!”

”気にするな。俺は気にしない”

”いやでもさっき、話をしなければならない、キリッとか言ってたじゃないですか!”

”俺がやるとは言ってない。まかせたぞ。誤解で人が死なないようにしてくれ”

”羽妖精にものを任せるってアルバでは自殺行為のことを示す慣用句なんじゃないんでしたっけ”

”俺は羽妖精じゃなくてボーラに任せる話をしている。できんのか”

”時々ムデンさんは意地悪です……やります、やりますよ! でも私の姿が視えない人いるじゃないですか”

”視えるやつを代理の代理で立てる”

”なるほど!?”

 羽妖精が視えるエルフは子供たちを中心にたくさんいる。ムデンはそのうちの一人を代理の代理として立てた。娼婦を高齢で引退し、今は占いの屋台を任されていた年のいった女性であった。

 彼女は顔役代理の代理を命じられてしばらく呆然とした後、口を開いた。

「いいんですか。私みたいな婆婆にそんな重要な仕事をさせるなんて」

”それ私も言いました!”

「羽妖精さんも言ってるじゃないですか」

 ムデンは頷いた後、歴史に残るような言葉を口にしている。

「仕事を任せる時に重要なのはな。俺が責任を取るに値する人物かどうか、ただそれだけだ。お前たちの失敗なら俺は喜んで責任を取る。俺とお前たちの間の話になぜ年齢や種族を考慮にいれねばならんのだ」

 のちに公平さの欠片もないとして一部から激しく非難される言葉なのだが、当時のアルバは売官制度が先進的制度とされていたような時代である。名言として紹介されるたびに涌いて出る、時代背景を無視した批判と言わざるを得ない。

 占い師と羽妖精は顔を見合わせて、では仰せのとおりにと返事したとされる。

 

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 一方その頃。


 キーオベンチ男爵とバースクル伯爵は、同じ執務室で仕事をしていた。これは当時においてとても珍しく、時代を先取りしていたとも言われる。当時は貴族が独立した執務室を持つのが普通であり、当然の弊害として、同じ報告を何度も繰り返さねばならなかった。それを一度で済ませるようにしたのがホーナー元侯爵である。彼は貴族を集めて、諜報に関しては貴族の慣習を打ち破り、効率化を推進しようとしていた。人数に劣るエルフが人間に勝つためには効率化しかない、とも。

 ホーナー元侯爵は部屋の隅でよく喋る置物になってしまっているが、残された有形無形の遺産は、今も効果を発揮し続けていた。

 扉がひらき、報告者が大声で報告を始める。

「報告します。ルース王国に潜入していた我が国の諜報部隊が全滅しました」

「はっ?」

「全滅しました」

 シレンツィオだ! と叫ぶ元侯爵の言葉で、バースクル伯爵とキーオベンチ男爵は我に返った。

「おいたわしい」

「いや、それよりも、キーオベンチくん」

「はい。事態把握につとめます」

 キーオベンチ男爵はそう返すと、すぐに報告者を見た。

「経緯は?」

「不明です。通信の途絶から考えるに、肉爆弾を仕掛けた直後、おそらくは一日もせずに壊滅させられたと思われます」

「早いな……」

 バースクル伯爵のつぶやきはキーオベンチ男爵の思いでもある。バースクル伯爵は推理を口にした。

「ルース王国は事前に我々の動きを掴んでいたようだな」

「そうとしか考えられません」

「あの平和ボケの国が、か」

 バースクル伯爵の感慨を聞きながら、キーオベンチ男爵は細面を向けた。

「後続部隊の手配は?」

「それが……それらも侵入に失敗しております。すでに度々挑戦しているのですが、守備をする騎士団が執拗に調べてきまして……」

「賄賂が足りんのではないのか」

「それが、賄賂を拒否されておるようで」

「なるほど。騎士団が急に……」

 報告者を置いたまま、キーオベンチ男爵はバースクル伯爵と話を始めた。

「騎士団が精鋭に変わって、諜報部隊が一瞬で潰されました。こうなると実験用の子供たちも」

「ルース国が保護している。か……」

「おそらくは」

「よほど、知られたくない秘密がヘキトゥーラにはあるとみえる」

 キーオベンチ男爵は部下を全て下がらせた。

 バースクル伯爵はそれを待ったあと、改めて口を開いた。

「古い王家の口伝にあった魔法の力を増大させる聖地、それが復活したのは間違いないようだ」

「少なくともルース王国はそう信じているのは間違いないかと」

 二人は口だけを笑わせた。

「実験結果を見るまでもなくなったな」

「確かに」

「魔法の力を人為的に増強できるのなら、話は早い。憎きアルバとの戦争で失った魔法使いたちの損失を埋め戻し、さらに戦力を増やせる」

「今度こそシレンツィオとアルバに死を」


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