第128話 手打ちの儀

 それで数日の間に、酒の販売を行う同業者組合が、いち早く屋台町に完全降伏するような形で和議を申し出ていた。

「どうかお許しください。他の同業者組合に脅かされていただけなのです」

 そう言われて、ムデンは表情を変えずに口を開いた。

「許すも何も、気にしていない。屋台で酒を置かなくても売上はほとんど変わらんかったしな。そっちはそっちで好きにやるといい」

 ムデンの発言を見る限り、そもそも嫌がらせと感じていたかも怪しい話ではある。元々ムデンは酒については客の要望に対してほとんど利益なしで置いていたものだった。酒を置かなくなったことでかえって絡んでくる客が減ったし、文句を言う客には同業者組合が悪いとよい言い訳ができたと思っていたふしすらあった。

「そん、な」

 同業者組合がうなだれ、死にそうな顔をしているのを見て、襟からボーラが出てきた。

”この人たちは酒の力を信じていたらしいですね”

”そうか。好きなだけ信じるといい”

”悪意0で言っているのがムデンさんの凄いところですね。えーと。”

”助けたいのか?”

”いえ。酒をせしめたいだけです”

”魔法で酒を作れればいいんだがな”

”そうなんですけどねー。それでどうですか? お酒飲みたくありません?”

”そうだな。俺達が飲む分くらいは注文してやるか”

 それで二樽分、ムデンは酒を頼んだ。無料でという話は無表情で断って、正規の値段を支払った。同業者組合は、これを怒りの表明であると受け取った。

 ムデンは酒を注文すれど、屋台で酒を置く許可など言及しなかったのである。というよりも、興味がないので特に何も言わなかった。ようはいつものムデンなのだが、これに対し交渉者は顔を青くして組合に報告した。ムデンは激怒しており、話に取り合わない、と。

 さらに数日すると、山程の樽と金貨が積み上げられて、詫びが入った。同業者組合の長の首までついてきた。責任を取らされたのである。壺に入れられて首が届いた。

「これで何卒、以前の形をお願いしたく」

 土下座する組合を見て、ムデンは表情を変えなかった。

「よく分からんのだが。なんのことだ」

「お願いします。お許しを」

”ムデンさん、彼らはものすごく困ってるのでは”

”よく分からんな。連中、近くに別の酒売屋台を立てていたろう。それでは何が駄目なのだ”

”そうですねぇ”

 エルフの首まで差し出されては、ムデンもいつものように誤解されても気にしない、とまではいかなかった。彼はボーラに対して思ったことを、わざわざ口に出して言っている。

 それで、原因が知れた。

 全面降伏の申し出に至った経緯は簡単で、ムデンが屋台に出す献立を大きく変えてしまったのである。酒の販売の同業者組合は酒と屋台料理の相性を読んで大量仕入れを行い、屋台の近くで酒を売っていたため、これによって大打撃を受けていたのである。

「ほう」

 はじめて興味が出たように、ムデンがわずかに眉を動かした。

「料理との相性で、そんなに売上が変わるものか」

「変わります。揚げ物に対しては麦酒が一番ですが、薄い小麦を焼いたものではくどく感じてしまいます」

「なるほどな」

 ちなみに献立が変わった理由は、ムデンがひよこ豆料理ばかりで作り飽きていたためである。それで首と体が上と下に泣き別れしたのだから、組合長としてはさぞ無念であったろう。ムデンも哀れに思ったか、ねんごろに弔ってやれと言い添えている。組合側はこの言葉を聞いて、和解はなされたと考えた。

 一方ムデンは、表情を変えぬまま別のことを考えている。

”アルバでは、麦で作った料理に麦で作った酒というほどには相性がいいと言われているんだがな”

”ここ最近お酒とか飲んでませんでしたから、実際どうかはわからないですよ。ムデンさん”

”そうだな。子供相手ばかりで考えてなかった”

”試しましょう。飲みましょう。あと性悪幼女をよろしくお願いします”

”そうだな”

 それにしても酒の販売はどれくらい変わっていたのであろうか。幸いにも民家の壁材に再利用されていたせいで、残された当時の売上記録がある。これによると売上がほぼ七割減とある。酒と料理の相性だけでこれだけの売上落ち込みはないだろうから、おそらく前後して起きていた騎士団長による飲食店の同業者組合弾圧が影響しているのだろう。山都の飲食店は壊滅しており、まともに営業していたのは屋台だけだったのではないか。酒の販売同業者組合は、この上屋台の近くでの営業を邪魔などされたら、壊滅する、と思ったのではなかろうか。

 市場に最後に残った事業者が、一番の儲けを得るのは古くから知られている。ムデンはこの理屈で期せずして屋台王から飲食王になってしまった。潰れた飲食店の需要を満たす形で、ムデンが事業を拡大している。

 さらにムデンは、山都への輸送を行う同業者組合と話し合いを持って山都の飲食店の仕入れをまとめてやりはじめた。仕入れの一元化である。これによって安定した輸送と価格低減が起こり、浮いた金でムデンはさらに道路の整備事業に着手している。これがさらに輸送費を低減した。

 それもこれも、ひよこ豆以外の食物をなるべく安く手に入れるためである。ムデンはどうやら、本当にひよこ豆に飽いていたようである。

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