第127話 知らぬところの暗闘

 とはいえ、カウランは有能だった。後、負けだしたら部下にも上司にも裏切られ責任を押し付けられて火炙りにされるようなひどい人物であったが、こと、そこに至るまで権勢を振るい続けるだけの辣腕はたしかに持っていた。

 ムデンが気前よく払うことにした税金は、一度も顔を合わせたことがない能吏カウランの手で、ムデンの予想をはるかに超えて有用に使われだしたのである。

 カウランは騎士団の腐敗を金の力で打ち砕き、押し流すと、金策でゆすりたかりをさせるかわりに警備任務を強化させた。

 真面目に働いてお金が貰えるなら真面目に働くのが人間とエルフに共通する特徴である。これによって騎士団内で評価される人材の質が変化しだした。

 それまで金を稼げない故に日陰に追いやられていたシリヴリンなどが、台頭を始めたのである。なんのことはない、騎士団の運営と維持のための金策という任務を官僚が引き受けたことで、本来の仕事が出来るエルフ材が台頭したのである。

 まず、賄賂を貰えるかもしれないと犯罪者につけられていた手心が一切なくなった。

 そうなると悪党は簡単に社会復帰できなくなった。エルフは寿命が長いせいで拘禁刑は少なかったが、かわりに懲役刑は異様に発達しており、事実上の国営借金奴隷として働かされた。

 これによって犯罪者が社会復帰できなくなると組織化がうまく行かないようになり、小規模化してますます統制しやすくなった。

 その先頭に、シリヴリンがいる。高笑いしながら、これだ、私がやりたい仕事はこれだと言いながら馬でなく自分の脚で縦横無尽に走って犯罪摘発を連発しはじめた。今もよく使われる馬より疾いシリヴリンという言い回しは、ここから生まれている。

 頭を抱えたのは、ムデンたちに圧力をかけようとしていた同業者組合であった。騎士団長から賄賂を突き返され、上からの命令だ。どうにもならんと言われてしまったのである。

 当然、同業者組合を仕切る顔役たちは騎士団長にすがりついた。

「いやそんなことを言われましても、我々にも歴史と伝統がありまして、ぱっと出の子供たちにシマを荒らされては……」

「子供たちに負けるような歴史と伝統になんの意味がある」

 その言葉自体、自分自身に当てはまってしまうのだが、騎士団長はそれどころではなかった。ただ悪党を追い回すだけで評価をあげていく若い世代に焦りを覚えていたのである。ルース王国での騎士というのは村の支配者という意味で全部横並びであり、各地の騎士団の長は互選で選ばれていた。

 華のあるシリヴリンが騎士団長でいいじゃない。金策はもういらないんだし、犯罪者を生かさず殺さずではなくて殺す一方でいいんならこんなに楽な稼業もない。そう思う騎士が増えていることを敏感、というより敏感すぎて過剰に感じ取っていたのである。

 対して尻尾切りにあった同業者組合は腹を立てて意趣返しとばかりに騎士団長の過去の癒着と悪行を噂という形で吹聴した。これが彼らの社会的寿命を著しく短くした。騎士団長は噂を否定するためにこれまでとは比べ物にならぬ厳しい態度で同業者組合を攻撃し始めたのである。廃油処理や生ゴミの処理に関する法律など古くからあれども適用は長くされていなかったような法を用いて、摘発し始めたのである。結果、山都飲食業界は焼け野原という有り様であった。

「騎士団である! 廃油の処理を確認しに来た!!」

 騎士団長はそう言ってムデンたちのところにも顔を出している。実のところ屋台町に恨みも何もないのだが、取り締まりを打った手前、特定のところだけ行かないというわけにもいかなかったのである。彼はこの時、でっちあげで屋台町をしょっぴけなど自身が命令したことなど、綺麗さっぱり忘れている。踏みつける側の意識などこの程度であった。

 ボーラがあっかんべえをしていることにも気づかず、騎士団長は偉そうに前に出た。

 ムデンはこっちだと言って再生油を見せている。

「はっ? 魔法で油を再生させているのか?」

「濾過は魔法を使っていない。酸化を魔法で処理している」

「そ、そうか」

 騎士団長は一時間ほど油の処理現場を見た後、貴族様がなんで油の処理をされているんだろうなどと言って去っていった。

 北大陸では魔法が使えるものを貴族として規定していたのである。そういう意味では騎士団長も貴族の端くれなのだが、彼の場合、小さな灯りを灯す程度の魔法しか使えなかったという。彼から見ればムデンは大貴族が道楽をやっているようにしか見えなかった。

”嫌がらせにきたんですかね?”

 ボーラが肩の上に乗りながら言うと、ムデンは少し考えた。

”嫌がらせにしては素直すぎるな。それと、こっちが金を出したことを理解している感じでもなかった”

”あー。税金ですね。役所を経由したせいで功績が横取りされたんじゃないですか?”

 実際その通りなのだが、ムデンはそういうことに特に興味はなかった。

”そう言えば、いくつも同業者組合が潰れて外食業が壊滅状態らしい”

”さらに忙しくなるってことですか”

”それもあるが、行き先が亡くなった小麦を買い取ってほしいという話がきている”

”わーい。ひよこ豆からついに脱出ですね!”

”フリコでも焼くか”

”いいですね!”

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