第125話 宝剣の帰還
”ムデンさん。この人お腹見せて倒れましたよ!”
”そうか”
ムデンの答えは想定通りだったが、ボーラはめげずにシリヴリンの腹をえいえいと押した。
”さてはこの人、頭が悪い残念な女騎士ですね!? 嫌いじゃないですけど話が長くなりますよ!”
”短くしてくれ”
”ですよねー”
とりあえずはその前に、治療である。ムデンは体力回復を魔法で行うと、屋台町の端、集中厨房に連れて行った。常時五〇人からなる料理人たちが料理をしているという戦場のような場所である。
その外れ、魔法で再生するために廃油を集めた樽の前に椅子を持ってくると、ムデンはシリヴリンを座らせた。不安そうにシリヴリンが左右を見る中、ボーラがふんふんふんと眼の前を飛ぶと、シリヴリンはそれを目で追った後、居住まいを正した。
”私、恐れられてますよ! ムデンさん!”
”そうか”
「羽妖精は噛まないぞ」
いーと自らの口の端を指で引っ張るボーラを掴んで肩の上に乗せると、ムデンは微笑んだ。
「騎士はやめたのか」
「い、いや。今も騎士だ……今?」
”昔の私を知ってるのかとか思って混乱してますよ。ムデンさん”
「昔、食中毒もどきまわりで捕縛命令を受けた時、世話になったろう?」
「シレンツィオ……殿は劣等人だったはずだ」
「そうだな。だが俺は俺だ。それ以外説明のしようがない。もっとも、姿形は変わってしまったが」
シリヴリンはどう答えるか迷った後、ボーラを見て、口を開いた。
「
”おとぎ話ですね。ムデンさん”
”昔話ではないのか”
”今となっては昔話だったのかもしれませんね……”
ムデンは頷いた。
「当たらずとも遠からず、だな。近いことが起きたようだ」
「信じがたいが……羽妖精が変な顔をしていないということは、事実なのだな……」
ムデンはシリヴリンの表情を伺った。
「独特な真贋判定法だな。羽妖精で分かるものなのか?」
「わ、私の故郷には羽妖精が結構いたのだ。それなりのことは知っている。羽妖精は嘘をつく者の近くではだいたい、それを暴露するような表情をするんだ」
”私達、おちゃめなんです”
「なるほど。それで、なにか困ってるのか。手伝ってやるぞ」
「な、なんで手伝うんだ?」
「色々便宜をはかってくれたろう。俺はその事を忘れていない」
「い、いや、それは私が礼を言うべきであって……あの」
”でっちあげしてムデンさんを逮捕するように命じられていたみたいですね”
”逮捕されてやるわけにもいかんが、捜査を手伝って貰ったからな”
”今記憶をあさってますけど、上司が賄賂を貰って同業者組合連合から依頼受けたみたいですねー”
”金の問題か”
”間違いありません”
「分かった。俺の逮捕については取り消させよう。他にはないか。個人的に困っていることは?」
ムデンが酷く優しく言うと、ボーラは腹を立ててムデンの頭をぽかぽかした。その声は私専用にしてください! と叫んだ。
この時、シリヴリンが結婚して欲しいとか言えばきっと結婚できたはずである。しかしシリヴリンは、この時そんなことを思いつきもしなかった。
「騎士として正しくありたいんだ。子供たちを困らせたり冤罪をでっちあげたりしたくない」
”本気で言ってますね、この人。なるほど私の元同族がまあまあ気に入るわけですね。この人の故郷、多分残念な人ばっかりです”
”俺は残念とは思わん”
”ムデンさんのそういうところ大好きです。でも一夫多妻は反対です。どうぞ”
”前にもこんなやり取りをしたな”
ムデンはふと笑った。シリヴリンはその笑顔を見上げて、何もかもを思い出した気になって、小娘のように耳の先まで真っ赤にして、涙を流した。
「その笑顔こそは見間違えようがない。シレンツィオ殿、ご無事で良かった」
「今はムデンだ」
ムデンはそう言うと、数多の船乗り、戦士たち、女たち、羽妖精を蕩かす笑顔を見せた。それは目にも眩しい宝剣の煌めきであった。
「それではさっそく申し状を発出するか。すまんが、役所かなにかに持っていってくれ」
ムデンはエルフ語で流麗に文をしたためた。年間この程度の税金を支払いたい、ついてはこの税はこの地を守る騎士団に還元して欲しいという申し出である。日付は一〇日前とした。魔法で一〇日分墨を乾かして、封をしてシリヴリンに渡す。
「役所というと代官所だろうか。騎士団に、ではなく?」
「騎士として正しくありたいのだろう? 騎士に金をだすというのであればそれは賄賂だ。だが上から金が振ってくるのならそれは賄賂ではない。正当な報酬だ」
このあたりにムデンの老獪さが見て取れる。賄賂という不確かなのものではなく、税という制度化された収入を示すことで優位を示し、上を巻き込むことで牽制し、あげく日付を改竄して同業者組合が横槍を打ってきたように見えるようにする。客観的に見れば同じような税を取られまいと同業者組合が現場の騎士を賄賂で抱き込んだように見える。というわけだった。
「上からなんで今まで届けなかったと叱責を受けたら成功だ。その時はこんな風に答えてくれ。いやしかし、娼婦や子供たちがやってるような屋台からの申し出でして、とな」
「失敗したら?」
「次の手がある」
ムデンはそう言ってシリヴリンを走らせている。
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