第124話 騎士の再会

 数日後。

 騎士シリヴリン・クウランは道端に座り込んで頭を抱え込んでいた。気の重い任務を押し付けられていたのだった。

 近日中に、屋台町に犯罪をでっちあげて、その首領を逮捕せねばならない。

 気にくわない命令であった。でっちあげと言うのがもう、あり得ないとすら思っている。シリヴリンはまともな騎士であった。

 ルース王国の騎士とは、最小単位の領地貴族である。最小とはようするに、一つの村であった。村の領主かつ魔法を使える者を騎士と呼んでいたいたのである。この騎士、領地を差配して武装を整え、いざとなれば王国のために戦うのが本来であるが、この時代まで下ると騎士の半数以上が村の支配権を失っており、名ばかりの騎士というのが多かった。村が滅んだり合併したりもあるし、平和な時代が長く続いていたのもあるし、陸軍が別途組織されたせいもある。いずれにせよ、騎士とは昔からあったという、ただそれだけで存続を許されている存在になりかけていた。

 衰亡していくと道理が引っ込んでいく、というのが種族に関係なく起きる現象である。ルース王国の騎士も衰亡し、困窮するうちに汚職などに手を染め始め、それゆえに信用をなくしてさらに衰亡するという悪循環である。

 シリヴリン・クウランは、そんな騎士の中から浮いていた存在であった。浮いた理由は簡単で、実家が裕福だったのである。彼女は困窮しておらず、それ故にまともな道徳観念を持ったままであった。

 組織において建前そのままで裏がない人物というのは、それが堕落していない組織であっても扱いにくい。かくてシリヴリンは格式だけは立派な山都に栄転という名前の左遷をさせられ、そこでさらに理不尽な命令を受けていたのであった。

 失恋して結婚したくなかったからという理由で騎士になってしまったが、それは間違いだったのではなかろうか。

 騎士になって十年目にしてそんなことを思う人物である。人間の年に換算すれば四〇年である。この一事で分かるとおり、シリヴリンはあまり頭が良くなかった。

 どうしよう。考える事をやめて命令を守ろうか。それとも何か別の手を考えるか。問題は頭が悪い自覚があることである。実際この数日悩んでいたが、なんの考えも思いつかなかった。ただ時間が過ぎて、上司の機嫌が悪くなっただけである。

 シリヴリンが悩んでいると声をかけるものがいた。ムデンの手伝いとして、配達の仕事をしている子供たちである。子供達はシリヴリンが体調不良であると考えて、食糧を与え、ムデンのところへ連れて行こうとした。子供達は道端で倒れた女をムデンが大事そうに抱え上げていたのを良く覚えていたのである。

「大丈夫?」

「え? あ、いや、大丈夫だ」

「これあげる」

 子供にそう言われて金貨の形をした揚げ物をもらってまごついていると、さらに追い打ちが来た。

「お医者さんのところへ連れて行ってあげる」

 あどけない顔でそう言われて、シリヴリンは顔を真っ赤にして逃げ出した。恥を覚えたのだった。

「無理だ! でっちあげなんて私にできるわけもない!」

 それでかなり離れたところでまた頭を抱えることになった。上司は悪い人ではなかったが、部下に良いものを食べさせようと、熱心に働きすぎるところがあった。要するに賄賂を積極的に集めていたのである。新興の陸軍に予算を食われて騎士は薄給だった。建前としては村という所領からの税があるのだから給料は少なくても構わないだろう、という話である。

 お腹見せて倒れたらどうにかならんだろうか。シリヴリンは犬のようなことを思った。騎士が子供たちの食い扶持を潰しに行くなんて、所領の人々ですらいい顔はしない気がした。

 自分はきっと、仕える人を間違っているんだろう。選択肢などなかったが、きっとそうだ。せめて現場を見て上司は冤罪を作れとか言ってほしかった。

 思い返せば、幼年学校で警護の仕事をしていた時は良かった。いや、数日だけだが、大変良い上司のような人がいた。自分への嫌疑をものともせず、子供たちのために働き続けていた人。私財を擲ち、護衛をも使い、心を読めといいだし自ら先頭に立って事態収集に動いていた。なんの職責もなく、ただそうしようと思ったから。善とはかの人のための言葉であった。

 本物の騎士とはああいう人を言うのであろう。シリヴリンは人目もはばからず泣きたくなった。かの御仁は、高潔な人物であった。劣等人であることを惜しいと思った初めての人物だった。そのうち劣等人でも良いのではないかと思い始めたあたりで原因を探しに山に入り、姿を消してしまわれた。

 あの時一緒に行けばよかったのだ。そうすればこんなことで悩むまでもなかった。

 ついに我慢できず声をあげて泣いていたら、子供を担いで、羽妖精を連れた人物が眼の前にいた。鼻の奥がツンとする。

 会いたいなあと思っていた誰かに、どことなく似たエルフであった。涙で前が歪んでるが、それゆえか似ているどころか同一人物にすら思えてしまった。

「今度は誰を捕縛するんだ。手伝ってやろうか」

 眼の前の人物に知ったふうなことを言われ、シリヴリンはお腹を見せて倒れた。

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