第123話 私娼王ムデン
ゲルダたちを鍛えていると、肌も露わな女たちが歩いてきていた。正確には、ムデンが女の姿を目の端に映したあたりから、女たちがどんどん脱いでいったのである。
”この辺は厨房で、商売にはならんの思うのだがな”
”暗殺者ではないですね。思考を読んだ限りですと”
坊主という感じでもなさそうだが、
”おっぱい丸出しの聖職者がいるわけないでしょう”
実はそういう宗派もあるのだが、ムデンは黙っていた。女たちはムデンの前にひれ伏して、金貨の袋を積み上げた。
「我々私娼団を屋台町の傘下に入れてください」
”ムデンさん、なにかしましたか?”
”毎日ひよこ豆を揚げていた”
”ですよね。隣で見てたから分かります。ええとそれじゃあ……人違いでしょうか”
”そういう風でもないな。話を聞いてみるか”
”そうですね。あとおっぱい見るなら私ので!”
ちなみにムデンは胸よりも手先を見ていた。揺れるものに目が行ってしまう男の習性を利用した暗殺術はアルバにもあり、それを警戒していたのである。シレンツィオはこの暗殺術で一〇〇〇回は殺されかけていると言われている。これは後世の誇張で時代を経るごとに増えていっているのだが、同時代の一番少ない証言でも二〇回では足りないとあるので、相当狙われていたのは事実のようである。
私娼団は話をはじめた。一人が話すのではなく。ひれ伏していた五人ほどがそれぞれの記憶や言い回しを補って話をしているのである。
曰く、私娼団の元締めであるダウギリスが狂ったと。部屋に閉じこもって刃物どころか尖ったものを見ただけで悲鳴をあげるという。これでは元締めの仕事など、できるわけもない。三日でダウギリスは死んだという。
”死んだんじゃなくて殺しているみたいですよ。この人たち”
”部下を自爆させるようなやつだ。少しでも権力が揺らげばそうなるだろうよ”
それからは、お決まりの内部抗争であった。誰が元締めになるかを争ったのだが、ここで用心棒たちをムデンが全滅させているのが効いた。暴力という名の後ろ盾がなくなってしまったのである。
子供が金を持って歩いていただけで、すぐにも殺されるような治安がこの時代における平和な王国の実体である。武力のない娼婦がどんな目に合うかは想像するまでもない。すぐにも踏み倒しに、拉致、強盗が娼婦たちを襲った。
「なるほど。それで、なぜ俺のところに来た?」
実のところ、私娼団の誰もムデンの名も存在も知らなかった。しかし生き残った用心棒が風体を説明して、ムデンというよりも屋台町の主に行き当たったのである。ダウギリスについて以前ムデンと会った者が、特定をしたのだった。
「どうか、保護してくださいませ」
”そっちが襲いかかってきたくせに!”
ボーラは怒ったが、その姿を見ることができた女はいなかった。
”こんなやつらほっときましょうよ。ムデンさん”
”まったくそのとおりだが、全部の娼婦が悪いわけでもあるまい”
”心を読んで、いい人だけ選別しましょうか”
”不思議とそれをやりだすとすぐに悪い存在になるものだ。善とは損を伴うものらしい”
”その理屈だとムデンさんはすごい善になりません?”
”他人の評価に興味はない”
”でも私が悪い妖精になるのは嫌なんですね?”
ムデンは何も答えず、私娼団を受け入れている。食に続いて色まで手に入れて、ムデンは一躍夜の街の王になってしまっている。
もっともムデンがやったのは、身体を壊した娼婦たちを回復魔法で癒やすことと、希望する女たちを屋台の調理係や子供の世話係に回していくことであった。武芸を学んで用心棒の代わりにもなれたという。身を売るしかない女たちにある程度の職業選択の自由への道を開いたことで、ムデンは大層感謝されている。
元々娼婦は同業者組合の高い参入障壁がもとで、職業選択が不自由すぎて望まずについていた者が多かった。
疫病や災害や戦争で村という共同体がなくなって都市に流入したエルフが、仕方なくやっていたものだったのである。それを、ムデンが船乗り特有の気楽さで破壊した。政治的安定も力の均衡も、彼には興味がなかった。明確なのは一つ、手を出したら殺す。以上である。ムデンは同業者組合同士の話し合いにも一切参加していない。
このことは多くの同業者組合を敵に回す結果に結果になった。このあたりの歴史を調べると延々と出てくるのが、本邦で言う出る杭は打たれるの論理である。それまで人気だった娼婦が化粧を落として楽しそうに銅鍋を振るっていると、それだけでムデンを殺したくなってしまう同業者組合のなんと多いことか。人間にせよエルフにせよ、自分が我慢しているのに誰かが自由だとどうにもそれが許せない悪に思えてしまうらしい。あるいは成功者を妬んで悪いところを探す習性でもあるようである。
酒の販売組合が屋台に酒を卸さなくなる決定をしたのは、それから一月も立たぬ夏の前である。同時に同業者組合一〇個が連名で、ムデンが町の治安と秩序を著しく乱していると騎士団へ告発がなされた。
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