第122話 ゲルダの望み
それから数日、ムデンは屋台料理を作りながら、子供を鍛えている。自衛力がなければ商売が成り立たないような時代である。子供だからと暴力を振るう相手が遠慮することもない。むしろ、相手が子供であることをこれ幸運と強盗に豹変する商売相手や客も多かった。今回のようなことがあることもあるので、自衛力を増すのは、当然とも言える状況であった。今と昔を比較してすぐに昔の治安は良かったと語る者も多いが、その実、武芸を子に習わせるのが盛んな時代は切実な理由があるからという事実から目を反らしているという他ない。親が道楽で習い事をさせるような時代ではない。
このムデンに鍛えられた子供たちの多くはそのまま長じてリアン国の
ゲルダは打ちのめされたいという性的な欲望もあって、遮二無二に攻撃しようとする悪癖があって権能をうまく使えてない。ムデンはゲルダを良く観察して、もう一つの理由を突き止めた。
「ゲルダ、目が悪いな?」
「は、はい。ここにつれてこられる時に目潰しをされて……」
「癒やしが効けばいいのだが」
ムデンは魔法を使って回復させようとしたが、完全に戻ることはなかった。おそらく眼球ではないところ、おそらくは神経が傷ついていたのだろう。
回復魔法の効果が不十分であると知ると、ムデンはゲルダのためにボーラに頼んで魔法道具を作っている。それはかつて幼年学校の東屋で見たエルフリーデの持っていた眼鏡であった。ただの輪なのだが、蔓のところに視力が良くなる魔法がかけてある。
するとゲルダは槍の腕を飛躍的に伸ばし始めた。ムデンをして驚かせるほどである。余程、と言ってよかろう。
「中々筋がいい」
稽古をつけているムデンがそう言うと、ゲルダは嬉しそうに微笑んだ。
「本当ですか。兵士とかになれるくらいですか?」
「なれるな」
その年でなれるのは凄いことだとムデンが言うと、ゲルダはムデンに抱きつこうとして、失敗した。ムデンの外套の中にいたボーラが手足翅と全部を使って押しのけたのである。
「そ、そういう拒絶も興奮します。いえ、するかも知れません」
”せんでいいわ!”
ムデンは少しだけ微笑むと、ゲルダの頭をなでている。
「海兵にでもなるか」
「いえ、海には興味ないですし、ニクニッスにいい思い出なんてありません。この国の、この山都の警備兵になりたいです」
”随分と具体的ですね”
”そうだな。理由があるのかもしれん”
ボーラとムデンは思念でそう話すと、ゲルダを見直した。
「理由は?」
「兵士という身分があれば、皆を守れます」
兵士の身分を利用し、争いがあれば屋台町の側に立って介入できる、というわけである。
今で言うなら公権力の私物化であるのだが、この時代では当然の約得のようなものであった。本邦でも十手を預かるなどと言われた(実際は預かってないが)岡っ引きや目明しなどが、存分にこの役得を使っている。
「別にそんなものにならんでもいいが」
「俺はムデンさんの役に立ちたいんです!」
ムデンは何も言わず、多少乱暴にゲルダの頭を撫でるだけであった。ゲルダは嬉しいが嬉しくないといった表情で、ムデンを睨んだ。
「俺はお前に何かを返して貰うために食わせているわけではないぞ」
ムデンというかシレンツィオは、船乗り特有の気楽さでそう言った。このあたり、自分が所属する共同体への帰属意識がなにより先に立つ陸のエルフたちとは根本から異なっている。だからゲルダは、言葉通りではなく別の理由があると思った。
「女である俺が兵士を目指すのはおかしいですか」
「そんなものは隠せばいいだけだ」
実際、アルバにも女装貴族、去勢貴族はいる。ただいずれも中継ぎで一代限りである。アルバの貴族は女系血統を何より重視している。
面白い話があってムデンというかシレンツィオは女装貴族と気づかずに口説いて寝台の上でようやく正体に気付いたという逸話がある。その時の相手であった女装貴族は後にその事を尋ねられて、私は男だけど孕むかと思ったと恥ずかしそうに言ったとされるので、おそらく驚きはしたが、やることはやっていたのだろう。のちに種族が変わってもそうかで済ませられるのだから、その日の夜の相手を変えるのは面倒くさかったと言っていてもおかしくないのである。
そんな男の
そんなことを知らないゲルダは、ムデンに顔を近づけた。
「じゃあ、いいんですね。俺、兵士を目指しますよ」
「ああ。とはいえ、まだ先だぞ。俺が教えたいことはたくさんある」
ゲルダは嬉しそうに頷いた。
「はい」
「男の時の偽名も考えないとな」
「父の名前を使いたいです」
「それは冥府の父君も喜ばれるだろう。名は?」
「イクスです」
「ルース王国では庶民でも家名があるから、なにか考えないといけないな。ベルニでどうだ」
ベルニとはその女装貴族の家名である。このことからシレンツィオ=ムデン説を唱える女流作家の中には真実の愛があったのだと唱える者もいる。別の説では女巨人ゲルダを愛していてその名を使わせたくなかったから、というのもある。この説も女流作家が唱えることが多い。筆者としては、どうせ偽名であり、おそらく名前を考えるのが面倒だったと思うのだが、そのあたりに資料が残っているでなし、真相は謎のままである。
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