第121話 死の部屋
ムデンが落ち着くまでには、しばらくかかった。ムデンというエルフ物(人物)はエルフの命を羽妖精の体重ほども思っておらず、拷問だろうと殺人だろうと過去嫌がったことは一度もないのだが、子供には殊の外親切であり、狙って害をなすものはだいたい殺された。ムデンの中でこの二つはなんら矛盾しなかったようである。女にも本来親切なはずなのだが、例えば部下を爆弾に変えて送りつけるなどしたらどうなるのかは今見てきたとおりである。ムデンにはムデンの規律があり、それを破れば容赦なく短剣が襲いかかった。
”冷静になった”
”でも黒幕は殺すんですよね”
”当然だ”
”うーん。まあでも、そうですね。どういう意図かは分かりませんけど、こっちを攻撃したのは確かですし”
ボーラはそう考えた後、ムデンがシレンツィオだった頃、どれだけ殺意を向けられても平気であったことを思い出した。この難しい人は庇護の対象が攻撃を加えられない限りどうでもいいらしいと思った後、抱きついて頬ずりした。難儀なエルフ(元人間)だなあと思ったのである。
”なんでムデンさんを攻撃したんでしょうね”
”単純に、屋台町を手に入れたいのだろうと思っていたが、そうではなかったわけだ。暗号表なんて使うからにはもう、山都の利権争いとは違うと見ていい”
”ムデンさんは名前を変えて種族まで変わっているわけで、シレンツィオだから攻撃したって線はなくなりますよね?”
”相手が知識を持ってないのならそうだな”
”大丈夫だと思います。羽妖精だってびっくりなんですから”
”そうか”
うーんとボーラはムデンの横を飛びながら考えた。
”俺ではなくて子供たちが狙いなのかもな”
”捨てられていた子供たちをですか。あ。奴隷化の魔法?”
”深くは考えていなかったが、奴隷を街に放つのになんらかの意味があったんだろう”
”どんな意味があったのか……想像もつきませんね。自分で溝に捨てた金貨を拾った人を殺して回るようなことですよね。それ”
”エルフの組織が狂うことはよくある”
当時の人間側の認識である。遠大すぎるのか種族的に技巧を凝らしすぎるのか、エルフの国や軍の行動は微視的に見ると意味不明なものが多かった。頑固なことと複雑なことは矛盾しないのである。
”まあ、そうですね。ムデンさんを狙うよりは、矛盾が少ない気もしますね。もっと大きな矛盾に目を向けなければ、ですけど”
”そうだな。正確なことは分からんが、それでも重要なことは分かった”
”なんです?”
”連中、また子供を狙ってくるだろう”
”はい。でもその前にムデンさんを排除すると思います。子供を狙う時、邪魔してきますからね”
”そうなるのか。まあ、それなら戦いやすくていい”
ボーラはため息をついた。自分を大切に思って欲しい、そう思うばかりである。
”次の攻撃に備えて守りの魔法陣をムデンさんの服につけておかないと”
”できれば待ち構えるのではなく、攻めていきたいのだが”
”子供たちを置いてはいけないのでは。あと性悪幼女とブルちゃんをですね”
”困ったものだ”
ムデンは無表情にそう言った。表情はさておき、困っているのは事実であろう。
”守りばかりでは埒があかない、というのは分かりますけど……”
ムデンは表情を変えぬ。
”やりようを考えよう”
ところでムデンは夜になるともう数名を殺している。ニクニッスの支部に別件を終わらせて戻ってきたと思われる残党を待ち受けて殺しているのである。これらの死体も支部に押し込められた。これらの死体は数日で匂いだし、不死者になって大騒ぎになる。
”丁寧に除去してますけど、なにか意味があるんですか。ムデンさん”
”暗号表は写し終わっているか”
”はい”
ムデンは支部に暗号表を戻した。
”意味を尋ねても?”
”俺ではなく、ルース王国に攻めさせる”
”あー”
ボーラはムデンの顔を見上げた後、ため息をついた。
”暗号表をわざと見つけさせて、調査させるんですね。生き残りを丁寧に除去したのは暗号表を隠されると困るから……”
”ああ”
”ムデンさんがガーディさまの下についてたら、あっという間にイントラシアが世界征服していたでしょうね”
”特に興味はない”
”今頃ですが、そういうムデンさんで良かったです。腕っぷしだけでも大変なのに頭も切れるとかもう大変ですよ。チートじゃないですか”
”そうか”
”裸見せましょうか?”
身を乗り出して言うボーラに対し、ムデンには珍しく、一瞬の間があった。
”どういう理屈だ?”
”落ち込んでそうだなあって。こういう時はいやらしいことがいいそうです!”
そう言われて、ムデンは口の端をわずかに動かすような素振りを見せた。
”単に興味がないだけだが、いい申し出ではある”
”頑張って脱ぎます!”
”いや実際にやらないでもいいんだが”
”そう言われるとなんか拒絶されているみたいで嫌なんで脱ぎます”
”そうか”
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