第120話 襲撃の一時間

 ムデンは即座に行動した。次の手を打たれる前に反撃する、対エルフ戦術の基本である。

 そのまま走ると、娼館を襲撃した。扉を蹴破り、驚いた様子の化粧前の女たちを見た。

「お前たちの主と話をしたい」

 答えが返る前にボーラが二階の角部屋ですと言った。ムデンは即座に動いた。用心棒たちが動くよりも早い動きだった。角部屋のドアを長い脚で蹴破り、ベッドの下へ転げ落ちていたダウギリスの左手指をへし折っている。

「悲鳴をあげるな。さもなければ口を縫い付ける」

 テレパスがある前提の拷問であるが、幸いにもボーラが反対する前にダウギリスが頷いた。ムデンの双眸そうぼうが拷問と人殺しに慣れた経歴を雄弁に物語っている。

「俺はお前を殺す。この結論は変わらない。だが、質問に答えたら、手っ取り早く殺してやろう。そうでなければ何日もかけて苦しみ抜いて死ぬ。分かるな?」

 首を締め上げながらムデンは静かに言った。そこらでお茶を飲むような調子だった。

 ダウギリスが何事か言おうと努力する。呼吸のためにムデンの手をほどこうとした。

”ムデンさん、交渉して時間稼ぎしようとしていますよ”

”どこも変わらんな。交渉するのが遅すぎる”

「交渉する余地はない。三つ数を数えるまでに結論を出せ」

 ダウギリスは助けが来ると信じて三つ数える間黙っているつもりだった。ムデンは頬に短剣を突き立てて貫通させた。

「1」

 右手親指を切り落とした。

「2」

「話すから!」

「そうか」

”うーん。魔法で幻覚を与えるのは実際の拷問よりいいのかなあ。ムデンさんの魔力で全力でやるとほとんど現実と同じような感覚だと想うんですけど”

”その程度は許せ”

 急げ、とムデンは顎を動かした。

「何を話せば……」

「そうか、質問がまだだったな。肋骨を順番に折っていくところだった」

 ダウギリスは震え上がった。

「娼婦を一人送り込んだな。私じゃないとか言うなよ。目をくりだすから。あれは痛み以上に失ったものの大きさでひどく泣き叫ぶからな」

 ダウギリスは黙った。恐怖と痛みで身体がこわばっている。

「誰に言われてやった? 安心しろ、どうせお前は死ぬんだから、嘘をつく意味がない」

「正体はわからない! 金を、金をくれたんだよ」

「そいつはどうやって連絡してきている?」

「ふらっとくるんだよ。定期的じゃない」

”嘘はついてませんね。ムデンさん。それより質問に答えて時間稼ぎして用心棒を待っているみたいです”

”そうか”

 ムデンはダウギリスを二階から突き落とした。悲鳴があがる。

「だがもう、時間切れだ」

”うーん、ムデンさんなりの慈悲は感じるので今回は何も言いませんがもっと優しく生きるべきです”

”そうしたらどうなる?”

”私が喜びます。たぶん、性悪エルフや、ブルちゃんも”

”それは重要だな”

 二階に行こうか主を助けるべきか、迷っている用心棒たちの肩を叩いてムデンは歩き去った。魔法で強化された切れ味の刃が、用心棒たちの腹をかっさばいている。

「よく抑えておけ。腹圧で内臓が飛び出るからな。うまく縫合するなら生き残る」

”これから先、どうやって探すんですか?”

”これから、様子を見に来る連中が集まる”

”野次馬ですね!”

”そういう連中は大体長く居座るもんだ。そうでないやつを探す。少し見て、すぐに立ち去るエルフだな。それがそれが怪しい”

”そういう人の考えを読めばいいんですね”

”頼む”

”わかりました。でも殺すのは最小限にすべきです。殺すにしても酷薄そうに笑うのはなしです”

”そうしよう”

”あ、もう釣れましたよ。本部に報告しないととか考えて遠ざかっています” 

 ムデンはついて行って、今度はニクニッス諜報機関の支部に襲いかかった。悪夢のような状況であったろう。支部には一〇名ほどがいたが、息を付く間もなく喉笛を鳴らして死ぬことになった。

”尋問しないでいいんですか”

”訓練されている連中に拷問は意味はない”

 とはいえ、ただ殺すわけではない。喉笛をかき切るとすぐには死なないのである。その間に考えていることが重要だった。

”あそこに自爆の魔法陣、あそこに暗号表です”

”そうか”

 それらを奪ってムデンは帰った。わずか一時間ほどの話であった。

 帰り道、ボーラが肩の上で思考を飛ばした。

”暗号表ってことは、国が相手なのかもしれませんね”

”誰あれ、同じことだ”

”そうなんですけど、でも、なんでこんな屋台町を攻撃するんでしょう?”

”敵の事情を考えるのは重要だが、もう少し冷静になったらやる”

”つまり今は怒っているわけですね。ムデンさん”

 ムデンは答えなかった。ボーラはムデンの頬に頬ずりした。

”表面に出てこないだけでお母さんのお腹に置いてきたわけじゃなさそうですね。安心しました”

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