第114話 早すぎる再戦

 そして宿に入って三〇分ほどして、複数の短剣と洋刃サーベルを手にブルは再び外に飛び出してきた。シレンツィオの外套を抱いて泣いているうちに、やはりあのエルフを殺してでもシレンツィオの情報を得るしかないと思ったのである。直情径行、獣人というものはそういうものである。エルフの弱点である鉄の刃であれば勝てる、と思ったのだろう。

 そして一五分で泣いて戻ってきた。今度は瞬殺であった。ブルが短剣を持っていることを確認したムデンは、自分の手にあるかのように操って一瞬でブルを組み伏せたのである。敵の手にあってもムデンの権能、短剣熟達ダガーマスタリーは効果があったのである。

”ガッ……ブルちゃん……心がムデンというかシレンツィオさんでいっぱいになってました”

 肩の上でボーラはそんな事をいう。ムデンは困ったものだなと言いながら、稼いだ雑多な代価を積み上げて数えている。この頃、田舎と違って都市では貨幣経済が成立しはじめていたが、庶民の生活ではまだまだ貨幣が行き届いていなかった。結果、屋台での商売であっても銭ではなく物々交換が主力である。ひよこ豆の袋と交換でひよこ豆の料理を買っていくなどが普通であった。当然、不便と漢字二文字で表現できる以上に不便であった。額面という数字を用いずに価値を計算していく関係で、自分が本当に儲かってるのかどうか商人すら分かってないような状況に陥りやすかったのである。

 これは産出量が少ない貴金属に貨幣を頼るゆえの弊害であったが、さらに言えばエルフという種族自体が持っている欠点の露呈でもあった。鉄に触れると火傷に似た怪我を負ってしまうため、エルフは日常の道具にも銅やら銀やらを大量に使っていたのである。それがさらに貴金属不足を助長していた。さらに言えば鉱山を持たず、作れず、魔法で地面から集めてくるという形式だったのだがさらに貴金属不足=貨幣不足を助長している。

 実際、この山都ヘキトゥーラの足元とも言える麓の村々でも、貨幣経済は成立できていない。そこには我々がエルフという種族に抱く想像から、少し離れた実体がある。

 余談ではあるが、このエルフが大量に貴金属を使用する関係で、同種族と貿易したり戦争したりしていた人類も輸出超過で慢性的な貴金属不足に陥っている。もしもエルフという種族が生まれていなければ、貨幣経済への移行は何百年と早くなっていただろう。同時にそれは資本主義への早期転換も意味しているはずである。幻想時代ファンタジーが長く続いたのは、魔法以上にエルフという強い種族のありようが関係していた。

 話を、戻す。

 ボーラは金勘定というより物勘定していたムデンを半眼で睨んだ後、振り向くと尻でムデンの頬を押した。

”そんなのはいいですから! ブルちゃんと性悪幼女を助けましょうよ”

”その方法を考えている。思いの外、俺が同一人物だと信じさせるのは難しい”

”うーん。まあ難しいのはわかります。そもそも種族が変わってるなんて驚天動地です。進化論がひっくり返りますよ”

”言葉でわかり合うのも難しそうだからな”

”そうですね。姿を変える魔法とかもありますけど、エルフから人間は難しいんですよね”

”そうなのか”

”はい。魔力の保有量が低い生き物に変化するのは難しいです”

”なるほど。おとぎ話では人間がカエルになるものがあるのだが”

”一般的にはカエルのほうが人間より魔力持ってますよ”

”そうだったのか”

 魔女がやたらにカエルを使いたがる理由の一つである。ムデンは一瞬黙ったが、すぐに会話を続けた。

”他の手はないか”

”一時的に魔法で幻影を作ることはできますけど、性悪幼女はテレパスを持ってますから”

”それだ”

”はい?”

”俺の心を読めば、すぐに誤解は解けるのではないか”

”そうなんですけどねー”

”懸念があるのか”

”性悪幼女が学校の外に出てくれば、接触もできるんですが”

”なるほど”

 ブルの性格からしてテティスを危険にさらすようなことはしないはずである。すなわちムデンのところにブルがテティスを連れて来る可能性はひどく低かった。

 ムデンはまあそういうこともあるだろうと言って顔を向ける。

 仕事を終えたゲルダが、木の棒で作った模擬槍を持って近寄ってきていた。

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